「彼は自分のプライベートなど、一切晒してこなかった人。第1稿を読んで、苦しんでいるように私には見えた。一度は『やっぱりやめます』と言ったんです。でも『あなたが表現をしなくなったら“松井久子”じゃないでしょ』と」

 作中には男性側である理一郎の苦悩も深く描かれる。互いの人生の歩みを思いやり、慈しみ合う二人の関係は、人と人が対等であることの大切さを改めて考えさせる。

「男性は働く女性を持ち上げるけれど、でも家には従順な妻が待っている。その根本を変えないと日本の社会は変わらない。家庭や性の面で男女が対等にならないと、男女平等の社会は実現しないんです」

 フェミニズム小説、と自認するが、強面さは皆無だ。未体験の愛とロマンスが、続く世代に希望を与えてくれる。

「実は『疼くひと』を書いた後、多くの信頼していた友人に去られたんです。『いまさらなにを』『恥ずかしい』って。でも人生100年時代と言いながら、高齢者向けの情報は病気などマイナスのものばかり。それじゃ、人は豊かには生きていけないんです。韓流スターもいいけれど、リアルに恋できる人を見つけてもいいんじゃない?って。『余計なお世話』と思われているだろうけど、同年代もこっそり読んでくれているかも(笑)」

 と、お茶目に笑う松井さんは艶々と、幸せそうだった。(フリーランス記者・中村千晶)

AERA 2023年1月30日号