『できることならスティードで』/大阪やパリ、スリランカ紀行から、
『できることならスティードで』/大阪やパリ、スリランカ紀行から、 故ジャニー喜多川氏との思い出や学校の意義を問う思索まで、広義の“旅”をテーマにした著者初のエッセイ集。文庫版あとがきも収録。解説は朝吹真理子氏。(photo 写真映像部・上田泰世)

■筆のノリが分かる

加藤:僕は辻村さんの『傲慢と善良』を最初、恋愛小説かと思って読んだんです。そうしたらめっちゃミステリーでしたね。結婚願望が強くなかった架(かける)というもうすぐ40歳になる男性が、婚活アプリで出会った真実という女性とつきあいはじめるんですが、彼女はストーカーに追われているという。そんな真実が失踪して、架は彼女を捜すために、彼女の実家や友人たちを訪ねていく。そうして真実の実像がだんだん分かってくるわけですが、僕、最初は、すごく主人公の架に共感したんですよ(笑)。

辻村:おお。

加藤:架はめっちゃできるタイプで、モテなくないタイプで、でも手痛い失恋もしているっていう。絶妙にモテる感じに共感しましたなんて、あまり言いたくないんですけれど(笑)。

辻村:あはは。

加藤:共感したなんていうと、それこそ「傲慢」じゃないですか(笑)。

辻村:架は絶対にモテる男性にしようと思っていました。書いていてめちゃくちゃ楽しかったです。文庫化の際に読み返しても、自分の筆がノッているのが分かるんですよ。

加藤:なんでですか。ややモテる男が苦悩するのが楽しかったんですか(笑)。

辻村:ふふふ。架がなんでモテるかっていうと、鈍感だからなんですよね。

加藤:ああ、たしかに架は傲慢であると同時に、鈍感ですよね。鈍感ってある意味、図太いというか、強いじゃないですか。それが処世術に繋がっているというか。

辻村:そうなんですよ。でも架は鈍感だからこそ、真実の気持ちを考えずに、この子はずっと自分のそばにいるだろうと思いあがってしまっていたんですよね。過去に一度手痛い振られ方をしているうえに、さらにこういう事態にならないと気づけないのか、っていう。真実も気が弱いようでいて強いわけですが、そういう子は多いですよね。

■正直、もどかしかった

加藤:真実はアクセルとブレーキのかけかたが下手っていうか。もっとギアチェンジをうまくやればいいのに、いきなり5速に入れてる印象です。ちゃんと言葉で言ってくれないと、気持ちを察するなんて無理だなって僕は思ってしまいました。プロローグが真実目線で書かれているから、彼女の内面がすごく煮えたぎっているのは読者には分かるけれど、でもそれをちゃんと言わないと、架には伝わらないよ、って。

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