トラブル続きの日々を「もうあかんわ」と文章で笑いに変える岸田は、新時代の作家として注目を集める(写真=MIKIKO)
トラブル続きの日々を「もうあかんわ」と文章で笑いに変える岸田は、新時代の作家として注目を集める(写真=MIKIKO)

 作家、岸田奈美。13歳で父が亡くなり、16歳のとき母が大動脈解離で入院、以来車椅子生活を送る。弟はダウン症で、祖母の認知症は進む。なぜか岸田奈美の人生は一筋縄ではいかないのだが、そんな悲喜こもごもをユーモアたっぷりに笑いに変え、文章を綴(つづ)る。活躍の場はウェブメディア。ネットを駆使し、拡散していく岸田の作品は、みんなの「もうあかんわ」も笑いに変えていく。

【写真】幼少期から鍛えたタイピングにより「話すスピードで原稿が書けます」と、1時間に5千字を執筆する岸田奈美さん。

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「私の人生、これまで何度も『もうあかんわ』ということが起こってきました」

 2021年11月20日。神戸市の兵庫県民会館。「ひょうご・みんなで支え合い基金」が主催する啓発イベントの講演で、作家の岸田奈美(きしだなみ)(30)は開口一番にそう述べた。同基金は様々な理由で生活に困難を抱える人を支援する団体で、この日の会場には兵庫県内の多くのボランティアが集った。おそらく中には、岸田の文章のファンもいるはずだ。

 岸田がゲストに招かれたのは、彼女のこれまでの人生が「困難の多重奏」と言っても過言でないことが理由の一つである。4歳下の弟はダウン症、13歳で父が他界、16歳のとき母が病に倒れ、以来車椅子生活に。最近は祖母の認知症も進む。そんな自身のトラブル続きの人生を、冗談を交えながら明るく振り返る岸田のトークに、会場から度々大きな笑いが起こる。ユーモアあふれる語り口は、岸田の書く文章そのままだ。

神戸の実家と昨年京都に借りたマンションを行き来しながら執筆に励む。幼少期から鍛えたタイピングにより「話すスピードで原稿が書けます」と言う岸田は、1時間に5千字を執筆する(写真=MIKIKO)
神戸の実家と昨年京都に借りたマンションを行き来しながら執筆に励む。幼少期から鍛えたタイピングにより「話すスピードで原稿が書けます」と言う岸田は、1時間に5千字を執筆する(写真=MIKIKO)

 昨年刊行した『もうあかんわ日記』をはじめ、岸田はこれまでに3冊の本を出版した。しかし従来の「原稿料と印税で稼ぐ」作家とは違い、彼女の執筆の舞台の中心は「ネット」である。3年前に書き始めたブログサービスnote上の日記は、日本中に多くの有料読者を獲得し、その購読料が岸田の主たる収入となっている。

 岸田が作家になったきっかけは、noteに3年前「弟が万引きを疑われ、そして母は赤べこになった」という題の文章を発表したことだ。うまく言葉が話せない弟の良太(26)がある日コーラを家に持ち帰る。日頃お金を渡していないため「万引きしたのではないか」と岸田と母は良太を疑う。だがレシートを見ると裏に「お代は、今度来られる時で大丈夫です」とメモがある。2人は店にお詫びに行くが、逆にオーナーから「頼ってくれたのが嬉しかった」と言われ、母は「赤べこ」のように頭を何度も下げた。

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