ゴースト血管(写真:あっと株式会社血管美人提供)
ゴースト血管(写真:あっと株式会社血管美人提供)

 高倉教授は、血管を人体の中の道路に例える。動脈や静脈が幹線道路なら、毛細血管は県道や市町村道。幹線道路が立派でも家の前の道路がふさがれていれば、社会と隔絶する。道路が不通でゴミ回収車が来なければ、快適に暮らせない。近隣の道路が機能せず住む人がいなくなれば、ゴーストタウンになる。

「毛細血管がダメージを受ければ、血液が隅々まで流れなくなる。酸素や栄養の運搬、老廃物回収ができず、周辺の細胞や組織にダメージを与え、場合によっては死滅させてしまう。毛細血管の若さを保つこともまた、非常に大切なのです」

 左の写真が毛細血管だ。正常な毛細血管は血管の形がくっきりし、血液が流れているのが見て取れる。ダメージを受けた毛細血管は血管の形がモヤモヤし、血流が確認できない。

■ゴースト血管のリスク

 こういった血管の存在は1970年代から論文で報告され、「Empty Sleeve(空になった鞘)」と表現されていた。だが動脈の研究が主流で、毛細血管を対象にする研究者は少なかった。

 高倉教授が毛細血管に着目したのは、血液・腫瘍内科で臨床医をしていたとき。薬効の優れた抗がん剤があまり効かない患者がいることに疑問を抱いたことがきっかけだった。

「薬を届ける血管に問題があるのではと考え、がんの血管をテーマに研究を始めたのです」

 がんに見られる血管のほとんどが毛細血管で、未成熟な毛細血管ががん悪性化の原因の一つ。そのうち、未成熟な毛細血管はがんではない人の体の中にもあることに気づいた。

「血液の流れが悪く壊れやすくなった毛細血管が、老いや不調、病気を引き起こしている。毛細血管が本来の役割を果たせずゴーストタウンになってしまう、ということから、ダメージを受けた毛細血管をゴースト血管と名づけました」

 すでに説明したとおり、体内を縦横無尽に走る毛細血管は、全身にある37兆個の細胞一つ一つに酸素や栄養を運搬し、余分な血液を漏らさずに二酸化炭素や老廃物を回収する。また、臓器などで作り出されたホルモン(よく知られるのが、血糖調整のインスリン、食欲抑制のレプチンなど)をキャッチし、全身をめぐって必要とされる場所に届ける。

 免疫に働く白血球も、毛細血管が体の隅々に行き渡っているからこそ、細部までパトロールできる。

 毛細血管には体温を維持する働きもある。血液は内臓の中で温められ、温度を維持して体の末梢まで届く。それがスムーズにいくのは、毛細血管がしっかり血液を流しているからだ。

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