哲学者 内田樹
哲学者 内田樹

 哲学者の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、倫理的視点からアプローチします。

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 私の友人で医療経済学者の兪炳匡(ゆうへいきょう)先生が神奈川県でのコロナ対策のアドバイザーに起用された。県知事と並んでの記者会見やジャーナリストによるインタビュー映像がSNSで拡散されている。兪先生のような「歯に衣(きぬ)着せぬ」科学者がずばずばと政策提言を行い、メディアを通じて国民に感染症対策についての正確な情報を提供してくれることになったらとても心強い。

 兪先生は(神戸大学の岩田健太郎先生とともに)私が「医療について知りたいことがあるととりあえず意見を伺う友人」である。お二人とも知り合って10年以上になるが、まさかその二人が感染症対策のキーパーソンとして注目される日が来るとは思わなかった。

 対策について二人の意見はすべてが一致するわけではないが、日本の医療行政の不全についてのきびしい評価には変わりがない。日本の医学にはパンデミックに効果的に対処できるだけの資源はあるし、能力も高い。だが、それらを統括するシステムが適切に運用されていない。

 私自身は同じことを学校教育についてもずっと感じてきた。日本の教育資源は厚みがある。教員たちの能力も意欲も高いし、子どもたちは豊かな可能性を蔵している。でも、現場は疲弊し果て、国際競争力は低下の一途をたどり、子どもたちの表情も暗い。豊かな資源がありながら、それが生かされていない。

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内田樹

内田樹

内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数

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