藤井聡太棋聖(左)は棋聖戦五番勝負で圧倒的な強さを見せて防衛。第3局も妙手で締めくくった。渡辺明名人(右)は自身初のストレート負け(代表撮影)
藤井聡太棋聖(左)は棋聖戦五番勝負で圧倒的な強さを見せて防衛。第3局も妙手で締めくくった。渡辺明名人(右)は自身初のストレート負け(代表撮影)
棋聖戦第3局で藤井聡太棋聖が注文した午前のおやつの水神餅(代表撮影)
棋聖戦第3局で藤井聡太棋聖が注文した午前のおやつの水神餅(代表撮影)

 将棋の棋聖戦で藤井聡太棋聖が渡辺明名人を3連勝で破り、初防衛を果たした。史上最年少のタイトル防衛と九段昇段も達成。終盤の妙手で天才ぶりを発揮した。AERA 2021年7月19日号で、この第3局を取り上げた。

【写真】棋聖戦第3局で藤井聡太棋聖が注文した午前のおやつの水神餅

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 記録に興味のない大天才が、またもや大記録を達成した。

 7月3日におこなわれた棋聖戦五番勝負第3局。藤井聡太棋聖(18)は渡辺明名人(37)を下し、3連勝のストレートで棋聖位防衛を果たした。

 藤井が勝てば、いつも何かしらの記録がセットでついてくる。今回は史上最年少でのタイトル防衛と九段昇段だった。

 報道陣がセンセーショナルに記録を取り上げる一方で、藤井自身はまるで興味を示さない。まず強くなりたいと願う藤井が一貫して興味を示すのは、盤上の最善手だけだ。まずは第3局の模様を振り返ってみよう。

■正確に指せば渡辺勝ち

「両方勝ちかと思ったんだけど、両方負けなの? はははは。あきれますね、これ。両方負けなの。ひえー」

 将棋界の住人は驚いたとき「ひえー」と声に出す。対局後の感想戦。自身の明快な勝ち筋を見つけられない渡辺は、心底あきれたという様子で笑った。

 本当は「両方負け」ではなかった。終盤、渡辺は正確に指せば自身の勝ちと、的確な判断をしていた。あとは藤井玉を攻略するため、どこに角を打つか。勝ち方は2通りあるように見える。持ち時間4時間のうち、残りは渡辺44分。藤井はわずかに3分。渡辺は戦略的に時間も残し、あとは余裕を持って勝ち筋を見つければいい。しかしその順が見つからない。それはもちろん、藤井がわずかな残り時間で最善を求め続け、複雑さをキープしていたためだ。渡辺の時間は刻々と削り取られていく。

 長考しても読みきれぬまま、渡辺は正解と思われる順を選んだ。藤井は正確に対応する。そしてどこかでわずかに渡辺が間違えた。それがどこなのかはっきりしないまま、いつしか形勢は逆転。藤井勝勢になった。

「藤井君が全部大楽勝だと、面白くもなんともない。世の中の人がいま求めているのは、藤井君が強い相手にスレスレで逆転勝ちしたりするところでしょう」

 今期棋聖戦での対戦が決まる前、渡辺は語っていた。皮肉なことに渡辺は、世間が一番沸き上がる場面を作り上げていた。

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松本博文

松本博文

フリーの将棋ライター。東京大学将棋部OB。主な著書に『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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