途中、歴史上の出来事についての手記が挟まるのも印象的だ。錬金術、魔女狩りとペストの時代、ナチス政権下。それは不穏な現代への過去からの警鐘にも思える。そして連載中にコロナ禍が起こった。

「この世では非日常的な悲劇が突然起こるものなのだ──それも本作のテーマでした。予期せずテーマとコロナ禍の状況が合致して自分でも気持ち悪かったですが、でも世界の本質や成り立ちというものを書こうとすると、自然とそうなるのだろうと思います」

 デビューから19年。人間の罪や闇に重く深くもぐる作品を発表してきた。いっぽうでエッセーでの軽妙な語り口には定評がある。近年は社会や政治に向けた発言も多く、作品にも織り込んできたが、

「本作には政治的な要素はほぼありません。それに関する僕の考えや願いは、『R帝国』『自由思考』『逃亡者』などにすでに書いてあるので。でも、現状の愚かな政治状況を見ていると『だから言ったのに』という無力感も覚えます。残念ですが、社会はもっと悪くなるでしょう」

 それでも、こんな世界で物語を書き続ける。

「記録しておきたい、という思いもやっぱりあります。3.11後もそうでしたが新型コロナ禍の空気を書き残しておきたい。歴史の材料は人間なので、人間を深く見つめることで、社会の先を予感できる面もあるかもしれない。悪くなっていく時代に、それでも祈りを書きたいと思いました」

(フリーランス記者・中村千晶)

AERA 2021年6月21日号