ローソン社長・竹増貞信「東日本大震災を『10年』で区切らない 被災地訪問で実感したこと」 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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ローソン社長・竹増貞信「東日本大震災を『10年』で区切らない 被災地訪問で実感したこと」

連載「コンビニ百里の道をゆく」

竹増貞信AERA#竹増貞信
竹増貞信/2014年にローソン副社長に就任。16年6月から代表取締役社長

竹増貞信/2014年にローソン副社長に就任。16年6月から代表取締役社長

お亡くなりになったオーナーさんの墓前で、「何よりも安全第一」と改めて誓いました

お亡くなりになったオーナーさんの墓前で、「何よりも安全第一」と改めて誓いました

「コンビニ百里の道をゆく」は、51歳のローソン社長、竹増貞信さんの連載です。経営者のあり方やコンビニの今後について模索する日々をつづります。

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 東日本大震災から10年が経ちました。私たちにとって、3・11は大切な仲間をお店で亡くすというつらい経験となりました。コンビニエンスストアは街のインフラとしての役割を担いますが、安全がないところにインフラも何もありません。

 全国にいるローソンの仲間の安全を担保することが、社長としての最大の使命です。今回、改めて被災地をまわり、お亡くなりになったオーナーさんの墓前に手を合わせました。東北を中心とした太平洋沿岸部で起きた悲しみは薄れることはありません。

 ともすれば「10年」という区切りで語りがちですが、東北の街にとっては何年経っても区切りがつくわけではありません。店が水浸しになり、停電が続くなかで、一人でも多くの人を助けたいと営業を再開したお店がありました。ご両親が亡くなり、悲しみに暮れるなかでも前を向き、店を引き継いだオーナーの方もいらっしゃいます。心の中には常にあの日の壮絶な体験がある。10年前の3・11から今日までは、地続きでつながっています。

 一方で、人の記憶は薄れるものだとも感じています。私自身、毎年被災地を訪れていますが、その度に「また来なければいけない」という思いを強くします。思いを新たにするということは、何かが薄れていることの証左です。戦後75年を過ぎたころ、戦争体験を語る人がいなくなることが取りざたされたように、月日が流れれば実体験をした人も少なくなります。だからこそ、災害を自分の心に刻み、仲間に語り継ぐことを欠かしてはいけないと自分自身にも言い聞かせています。

 あと40年経てば、震災後に生まれた子どもたちが50歳になり、ローソンを支える仲間も3・11を知らない世代が大半を占めるでしょう。経験を未来につなぐためにできることを続けていきます。

竹増貞信(たけます・さだのぶ)/1969年、大阪府生まれ。大阪大学経済学部卒業後、三菱商事に入社。2014年にローソン副社長に就任。16年6月から代表取締役社長

AERA 2021年4月5日号


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竹増貞信(たけます・さだのぶ)/1969年、大阪府生まれ。大阪大学経済学部卒業後、三菱商事に入社。2014年にローソン副社長に就任。16年6月から代表取締役社長

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