大学卒業後は、地元名古屋でアルバイトを経て知り合いのディスプレー会社に就職し、百貨店のショーウィンドーなどを手がけるようになった。限られた予算でクライアントの要求に応える仕事。それなりに多忙な日々を送るようになった。

 この頃、深堀より先に会社を辞め、イラストレーターとして独立していたのが、交際していた水谷真弓(みずたにまゆみ)だ。深堀とは予備校時代に出会い、大学でもクラスメートだった。「作りたい」というまっすぐな情熱を持つ深堀に惹かれたという。しかし独立に関して深堀は、なかなか煮え切らなかった。

「『(独立して)やりたいけどやれない』って、毎日繰り返し、電話で聞かされてたんですね、私」

 結局、3年のサラリーマン生活に終止符を打った。26歳。アルバイトの傍ら作家活動を始めた。

 現代美術の中でも前衛的なコンセプチュアル・アートを志すも、全くお金にならない。焦りから、個展の度に違う作風を試みては酷評された。自尊心はへし折られ、甘い希望も打ち砕かれた。

 独立翌年には、すっかり自信を失い、「もうアートなんかやめよう」と思った。すると自宅で、ごろ寝する深堀の目に古ぼけた水槽が映った。

 汚れた水の中には一匹の赤い和金が泳いでいた。夏祭りの縁日で貰ったまま7年間、大して世話もしていないのに生き続けた金魚だ。鱗はボロボロ、片目も見えなくなっていた。「うだつの上がらない、今の自分にそっくりだ」。なぜか愛おしく思えた。

「ビビッと閃いた」という深堀。手近なスケッチブックと使い込んだ画材に手を伸ばし、とっさに筆を走らせる。あっという間に金魚の大群が現れた。モチーフとしての金魚との出会い。20年前のその時に見た「赤」がいまも忘れられないという。深堀が「金魚救い」と呼び大切にしているエピソードだ。

(文・笠井千晶)

・深堀隆介展『金魚鉢、地球鉢』/長崎県美術館
2021年3月12日(金)~4月18日(日)
※岩手、高知、神戸に巡回予定
新型コロナウイルス感染拡大防止のため、臨時休館や変更する場合がございます。

※記事の続きはAERA 2021年1月18日号でご覧いただけます。