一方で、みつ子にとって深刻な“心の闇”も描かれる。一人旅の途中に立ち寄った温泉施設で、ある女性芸人の姿を見て胸が苦しくなり、感情を爆発させる。大九監督が映画化するにあたり、新たに加えたシーンだ。

綿矢:他人から見れば、簡単に乗り越えられそうなことも、みつ子にとっては本当に難しいんだな、というのが伝わってきました。自分が大切にする価値観は譲れない、というのはみつ子のいいところでもあるけれど、同時に弱さでもある。観ていて、「頑張れ、頑張れ」と。

のん:涙を流さなければいけなかったのですが、涙を流すのがあまり得意ではないので、気合を入れて演じました。温泉施設でのシーンは共感できる部分が多く、絶対にいいシーンにしたいな、と思っていました。

大九:みつ子が抱える闇の部分を描くうえで、小説とは違う、自分なりのアプローチはなんだろうと考え、思い出したのが“女性芸人に向けられる周囲の視線”です。芸人は人を笑わせるのが仕事なのに、そこに「女性」とつくだけで、見えない重しがのってしまう。私自身、鬱々とした思いがあったので、吐き出したいと思いました。

 最初にのんさんにお会いして脚本の感想を伺ったら、「温泉施設でのシーンをうまくやりたいな」とおっしゃってくださって。「あのシーンに最初に言及してくれるんだ」とゾクゾクしたのを覚えています。「怒り」の表現に興味がある人なんだな、と。

のん:私は、「怒り」が一番素直な感情で、喜びを見せたり、楽しそうにしているのを見せたりするよりも演じやすい、と感じています。“扱いにくい怒り”というのももちろんあるのですが、怒りはガソリンにしやすい。即効性があって、燃料にしやすい感情なんです。

■気合入れて「行けー!」

 綿矢の小説には、日常ではなかなか口に出すことのない言葉が多く登場する。「私をくいとめて」という表現もそうだ。

のん:せりふ自体が力強いですし、小説のなかで成立しているすてきな言葉なので、口にするには勇気がいりました。なので、「そこまで持っていくのか」というくらいに、気合を入れ、テンションを上げ、「行けー!」という気持ちで飛び込みました。

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