元朝日新聞記者 稲垣えみ子
元朝日新聞記者 稲垣えみ子
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大工修業で与えられたミッションは洗濯機置き場の壁塗り。下地が完成したところで時間切れ……(写真:本人提供)
大工修業で与えられたミッションは洗濯機置き場の壁塗り。下地が完成したところで時間切れ……(写真:本人提供)

 元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

【写真】大工修業で与えられたミッションは洗濯機置き場の壁塗り

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 なぜ老後に備えるこのタイミングで心の支えであった虎の子の家を売ったのかということは今回さておき、購入金額の6分の1という大損こいて家を売った身として、これから家を買おうかどうしようかと考えている方に心より忠告しておきたいことがある。

「家を買う」という行為は、長らく一人前の証しであり安心のモトとされてきた。これほど時代が変わっても、なぜか知らんがそこは揺るがぬ常識のように思われている。でも本当にそうなんだろうか?

 ハッキリ言おう。何千万円もする家を何十年ものローンを組んで買うというのは、今や狂気の沙汰かもしれないということを頭の片隅に入れておくべきだと思うのだ。

 まず大前提として、不動産の価格というのは誠に当てにならない。どんなに情報を集め懸命に研究したつもりでも一寸先は闇。今や「ゼロ円物件」もあるんですよ。こんなとんでもないリスクがある割には当たりは稀。なので、まず家を買うとは投資ではなく、あくまで家具や家電を買うのと同じ「買い物」と割り切るべきである。

 逆に言えば、買った家にずっと住み続けるなら何の問題もない。不動産広告によくある「家賃を払うつもりでローンを返そう」というのは、この場合に当てはまる理屈だ。もちろん私もそのつもりで当時暮らしていた関西に家を買った。転勤が多かったので出入りを繰り返したが、少なくとも定年後はちゃんと住むから大丈夫と思っていた。

 これが最大の誤算だった。親の老い、まさかの早期退職など様々な事情で首都圏を離れる見通しが全く立たなくなった。この先行き不透明すぎる時代、30歳の時に考えた将来が本当に訪れるなど宝くじ並みのギャンブルだったのだ。

 何十年ものローンを組んでも事情に応じて住み替えできたのは、高度成長時代の一瞬の奇跡に過ぎない。それでも買いますかね。ちなみに私、払ったローンと諸経費の総額を実際住んだ月で割ってみて、腰を抜かしました。そう私は狂気に取り憑かれていたのだ(さらにつづく)。

稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

AERA 2020年12月7日号

【その1】はこちらから
稲垣えみ子「まもなく訪れる老後ライフ目前に家を売却したワケ(その1)」