エイブに影響を与えるチコもまた、アンドラーデ監督の強い思いから生まれたキャラクターだ。チコは黒人のシェフとして、アメリカで生活をしている。苦しんでいるのは、パレスチナ人とイスラエル人だけではない。同じように、歴史のなかで痛みを抱えながら生きてきた黒人のキャラクターから何かを学ぶことが、エイブが成長するためには必要だと考えた。

「自分の家族の問題を取り上げ、それこそがこの世界に存在する唯一の問題であるかのように見せることはしたくない。そんな気持ちが僕のなかにあったのだと思う」

 アメリカ国内の映画祭では、イスラム教徒、キューバ移民など多様なバックグラウンドを持つ子どもたちの目に触れる機会があった。そのなかで、一人の少女が作品を観て涙を流していた。

「自分をスクリーンのなかのエイブに重ねていたのかもしれない。その姿を見て僕も胸がいっぱいになったよ」

◎「エイブのキッチンストーリー」
料理好きの少年エイブは、オリジナルの“フュージョン料理”を通して家族を一つにしようと決意する。公開中

■もう1本おすすめDVD「ちいさな哲学者たち」

「エイブのキッチンストーリー」の主人公、エイブの頭のなかは「なぜ?」であふれている。宗教によって、お祝いの席で食べるものが異なるのはなぜ? そもそも宗教ってなに? 子どもたちの素朴な疑問はときに大人たちに気づきを与えてくれる。

 フランスのドキュメンタリー「ちいさな哲学者たち」(2010年)もまた、子どもたちの“言葉”を通して私たちが生きる世界が浮かび上がってくるような作品だ。

 舞台はパリ近郊の幼稚園。さまざまな人種の子どもたちが通うこの幼稚園では、月に2、3回「哲学のアトリエ」が開かれている。「豊かってどういうこと?」「リーダーって?」。教師からの問いかけに、子どもたちは懸命に言葉を紡ぎ、自分なりの考えを伝えようとする。そして、ある子どもは「自由とは優しくなれること」と口にする──。

「エイブのキッチンストーリー」のフェルナンド・グロスタイン・アンドラーデ監督は、「この世はバービー人形の世界よりももっと複雑なのだから、子どもたちもそうした物語に触れるべきだ」と口にしていた。どちらも、他者について“想像すること”の大切さを教えてくれる作品だ。

◎「ちいさな哲学者たち」
発売元:ファントム・フィルム
販売元:アミューズソフト
価格3800円+税/DVD発売中

(ライター・古谷ゆう子)

AERA 2020年11月30日号