東浩紀/批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役
東浩紀/批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役
※写真はイメージ(gettyimages)
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 批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。

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 福島県双葉町に「東日本大震災・原子力災害伝承館」が9月20日に開館した。震災から9年半、遅すぎるとも思うがまずは開館を歓迎したい。

 と思っていたら数日後に気になる報道が入ってきた。23日付の朝日新聞によると、同館では、震災の記憶を伝える登録制の「語り部」に対して、特定の団体への批判を行わないよう要請し、従わない場合には登録を解除すると警告していたというのだ。口演内容の事前確認も求められたという。「特定の団体」には国や東電も含まれる。事実だとしたらとんでもない話である。方針変更を求めたい。

 公の施設で国の批判が禁じられるのは当然だとの考えもあるかもしれない。昨年の「あいちトリエンナーレ」以来議論されている問題だ。百歩譲って個人の表現なら抑制を認めてもいい。けれどもこの事案はそれとは異なる。伝承館だからこそ、国批判や東電批判を絶対に排除してはいけないのだ。

 なぜか。それは、原発事故のあと福島だけでなく日本中で国や東電への怒りが吹き荒れたこと、それ自体が伝えるべき歴史だからである。

 歴史は客観的現実だけで構成されるものではない。人々が抱いた感情(主観的現実)も歴史の一部である。歴史を伝えるとは両者をバランスよく伝えることだ。語り部はまさにその感情を伝えるためにいる。それなのに怒りの表明を禁じてしまったら、なんのための伝承館か。

 日本の博物館は客観展示が大好きである。パネル展示で数字やグラフを並べ、あとは来場者の判断に委ねる。だから語り部にも経験だけを淡々と語れと要請することになるのだろう。しかしそれがいつも正解というわけではない。

 筆者はキエフのチェルノブイリ博物館を幾度かガイドしたことがある。宗教色の強い展示方式で、年表や数字は驚くほど少ない。初めての日本人は必ず戸惑う。けれどもそれはウクライナ人なりの「事故の感情」への向き合いかたでもある。

 震災では多くのひとが亡くなった。原発事故では多くのひとが故郷を奪われた。新たな伝承館もその「思い」に向き合う場になってほしいと思う。

東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数

AERA 2020年10月5日号

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東浩紀

東浩紀

東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数

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