「制作中、全部で70人ぐらいの人とコミュニケーションをしっかりとることを意識して作ったんですけど、これがどえらい大変でした(笑)。これまでに自分自身の『ayU tokiO』のアーティスト活動のほかに、他者のプロデュース活動なども行ってきました。そうした音楽活動の中で、楽曲や音源を共に制作することは、実に濃密な他者とのコミュニケーションの時間になると感じていました。ですので、今作のコンセプトとして全組の楽曲・音源制作をそれぞれのアーティストと一緒に行っていくことにしたんです」

 このように今作について話す猪爪。参加者は自分よりはるかにキャリアも年齢も上の「鈴木博文(ムーンライダーズ)」や「辻睦詞」、渋谷系時代からの人気アーティストである「カジヒデキ」もいれば、同世代のバンド、アーティストである「ゆうらん船」「クマに鈴」「sing on the pole」「佐藤寛」「橋本竜樹」、日頃から交流の深い「やなぎさわまちこ」「すずきみすず」「SaToA」まで様々。一見すると共通点は見えにくい。猪爪がこれまでに何らかの形で作業を共にしたことがあることと、それぞれがポップをしっかり定義づけながら作品を作ることに腐心していることくらいのように思った。だが、作品には不思議な統一感がある。猪爪が去年からコツコツと作業を開始し、すべての楽曲にプロデューサーとして関わっていることはもちろんある。ただそれ以上に、音楽を通じて他者と他者がコミットすること、交歓することを猪爪自身が求めていて、そうした猪爪の思いがどの作品にも感じられるためではないかと思う。1人が2人になり、5人になり10人になり……次第に大きな輪を作っていくことがポップ音楽の持つ力。猪爪が考えるそうした「哲学」のようなものがすべての曲に落とし込まれているように思うのだ。

 「精神性として『なんでも自分の手を使ってやってみる』ことで、多くの立場の価値観に触れることが出来ると考えています。その感覚はコミュニケーションや音楽制作において、とても重要なことだと認識しているんです。それを音楽活動にスライドさせた結果、たまたま「インディペンデント・レーベル」という括りに近かった、ということかなと解釈しています」

 ポップ音楽にまつわるあらゆる制作工程を理解し均等に目をかけて活動する猪爪だが、彼は決してエゴイスティックに作業を進めない。一人でも多くの人、それも世代や生活環境はもとより、解釈のスピードやアングル、考え方や生き方さえも異なる人とも作業をしていこうとする開かれた音楽人だ。だから、カセットテープでのリリースという、ある種DIY的なものがこれほど似合う「頑固な」コンピレーション・アルバムはないと感じる。同時に、「ポップたるやかくあるべし」といったキャッチーな潔さもある。

 そして猪爪はこう言うのだった。「多くの人間の関係性をスタジオでパッケージにして録音物として残せるように、画一化することのない世界を目指して、自分たちの位置を確認・発信しながらインディペンデントな活動を続けていきたいと思っています」

(文/岡村詩野)

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岡村詩野

岡村詩野

岡村詩野(おかむら・しの)/1967年、東京都生まれ。音楽評論家。音楽メディア『TURN』編集長/プロデューサー。「ミュージック・マガジン」「VOGUE NIPPON」など多数のメディアで執筆中。京都精華大学非常勤講師、ラジオ番組「Imaginary Line」(FM京都)パーソナリティー、音楽ライター講座(オトトイの学校)講師も務める

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