「大リーグに入ったルーキー」。冷静に自己分析しつつ、巨匠揃いの現代美術界に斬り込み、時代を作る(撮影/品田裕美)
「大リーグに入ったルーキー」。冷静に自己分析しつつ、巨匠揃いの現代美術界に斬り込み、時代を作る(撮影/品田裕美)
「僕は絵描きなので、彫刻も二次元的なアプローチになる」と松山。東京、しかも多様性を極める新宿に出現した「花尾」は、瀬戸内海や北陸まで行かなければ見られなかった現代美術の垣根を取り払った(撮影/品田裕美)
「僕は絵描きなので、彫刻も二次元的なアプローチになる」と松山。東京、しかも多様性を極める新宿に出現した「花尾」は、瀬戸内海や北陸まで行かなければ見られなかった現代美術の垣根を取り払った(撮影/品田裕美)

 この7月、東京・新宿駅の東口広場に、巨大なパブリックアート「花尾」がお目見えした。作品を手掛けたのは松山智一さん。ニューヨークで最も有名な壁「バワリーミューラル」に大作を描くなど、今や世界的にも注目される美術家だが、道のりは平坦ではなかった。大学卒業後、アートの勉強のためNYへ。しかし、なかなか芽は出ない。変わるきっかけは、自分の中にあった「日本」だった。

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 かつては何もなかった。乗降客数世界一の巨大で複雑な駅舎と、周囲の雑居ビルが織りなす谷間。通勤客、観光客、買い物客、あるいは当て所なく漂う若者たち。何十年も、誰もが横目もくれなかった空間が、一夜にして無言で通り過ぎることが難しい煌びやかなランドマークになった。

 JR新宿駅東口広場に、極彩色の床と高さ8メートルの巨大な彫刻のパブリックアート「花尾」(Hanao-San)がお目見えしたのは7月19日。まだ長梅雨が明けきらず、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、当初予定されていたオープニングイベントも中止になる静かな船出だった。しかし、鏡面仕上げのステンレス彫刻が、新宿の街並みや行き交う人の表情を映し出す存在感は圧倒的で、スマートフォンのカメラを向けない人の方が少ない。

 この場所に魔法をかけた松山智一(44)は、米国ニューヨークを拠点に活躍する現代美術家だ。パリコレのランウェイから抜け出したような、スタイリッシュなバイリンガル。しかし、実は素人同然で25歳で単身NYに渡り、荒波を乗り越えて新境地を開いてきた根性者だ。ここ数年は香港、ヨーロッパ、オーストラリアなど世界各地で個展やパブリックアートを手がけるなどギアを一段上げ、昨秋にはNYで最も有名な壁「バワリーミューラル」(縦6メートル、横26メートル)に大作を描き切った。ストリートアートの先駆者、キース・ヘリング以来の伝統があり、年に数回のペースでバンクシーら時代の旗手たちに塗り替えられてきたこの壁をものにし、巨匠たちに肩を並べた。

 今年に入っても、ロサンゼルスの地下鉄整備事業の一環として大規模な壁画を仕上げ、3月には明治神宮創建百年記念の「日本博」の野外彫刻展「天空海闊」に鹿の角をモチーフにした作品を出展した。それが扉の写真だ。そして新宿の「花尾」の後には、カリフォルニア州カルバーシティの再開発事業に伴うパブリックアートも控えている。コロナ禍であらゆる予定が後ろ倒しになっても、松山の創作意欲が衰えることはなく、しかもそれを力みなく、飄々とこなしていく。

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一家でカリフォルニア移住