「めぐみの実名、出してよかった」 横田滋さんが生前本誌に語っていた想い (1/4) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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「めぐみの実名、出してよかった」 横田滋さんが生前本誌に語っていた想い

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小北清人AERA
横田滋さん、早紀江さん夫妻/2014年撮影(c)朝日新聞社

横田滋さん、早紀江さん夫妻/2014年撮影(c)朝日新聞社

横田滋さんの写真展で公開された、めぐみさんの人形(c)朝日新聞社

横田滋さんの写真展で公開された、めぐみさんの人形(c)朝日新聞社

 北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの父、横田滋さんが5日、老衰で死去した。87歳だった。

【写真】横田めぐみさんがお気に入りだった人形

 新潟市で暮らしていた1977年11月15日、当時13歳で中学1年だった長女めぐみさんが、下校途中に行方不明になった。97年2月、北朝鮮による拉致であることを本誌AERAと産経新聞が同日に報道。滋さんはめぐみさんの名前を出して救出を訴え続けてきた。

 2002年9月、小泉純一郎首相(当時)が訪朝し金正日総書記と会談。北朝鮮が拉致を認めた衝撃の「9.17」から10年後の2012年9月、AERAは「2012年9月17日号」で横田滋さんと早紀江さん夫妻にインタビューしていた。ここでは、滋さんと早紀江さんが当時語っていためぐみさんへの想いを再掲する。

*  *  *
「いつ死んでもいいから、とにかく、めぐみちゃんたちと一言、話ができてから、私は死にたいと思っているんです。どのお父さんもお母さんもそうです」

 9月2日、東京・日比谷公会堂で開かれた、北朝鮮による拉致被害者救出を訴える「国民大集会」。横田早紀江さんは壇上から切々と訴えた。毎年行われているこの集会、今年は野田佳彦首相が出席、夫の滋さんは900万人以上集まった署名の目録を首相に手渡した。

■他のことはできない

 2002年9月17日、平壌(ピョンヤン)で行われた日朝首脳会談で、金正日(キムジョンイル)総書記は小泉純一郎首相(ともに当時)に多数の日本人を拉致したことを認めた。それから10年。中学1年、13歳のときに北朝鮮工作員に拉致された横田めぐみさんはいまも拉致被害者救出運動のシンボルだ。

 だが歳月は残酷だ。めぐみさんの父・滋さんは79歳、母・早紀江さんは76歳。年齢による衰えは隠せない。だがそれでも、全国各地の講演に飛び回るのをやめない。この間の講演は計1300回に達する。

――もう10年なんですね。

<早紀江さん> 早かったですね。日にちがね。一日一日、「もう夜が来ちゃった」という感じなんですよ。ああ、もう朝が来た、その繰り返し。何もできないですよ、このこと(拉致救出運動)以外のことは。


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