16日、ニューヨーク中心部。昼時にもかかわらず誰も座っていない (c)朝日新聞社
16日、ニューヨーク中心部。昼時にもかかわらず誰も座っていない (c)朝日新聞社
福岡伸一(ふくおか・しんいち)/生物学者。青山学院大学教授、米国ロックフェラー大学客員教授 (c)朝日新聞社
福岡伸一(ふくおか・しんいち)/生物学者。青山学院大学教授、米国ロックフェラー大学客員教授 (c)朝日新聞社

 メディアに現れる生物科学用語を生物学者の福岡伸一が毎回一つ取り上げ、その意味や背景を解説していきます。前回に引き続き、今回も猛威を振るう新型コロナウイルスについて取り上げます。

【写真】福岡伸一さん

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 客員教授をつとめている米国ニューヨーク市のロックフェラー大学に来ているが、ここ数日のうちにも事態は刻一刻と変化し、コロナウイルス問題がますます深刻化している。

 大学は学長が一斉休校の声明を発表。実験研究は一時的に凍結しなければならなくなった。培養細胞や実験動物を材料にしている研究者は一大事だ。培養細胞は特殊な保存液を加えて凍結保存、実験動物はまってくれないので中止、マウス系統の飼育維持はするものの、研究計画は立て直しが必要となる。DNAやその他サンプルも冷凍庫にしまうしかない。唯一、研究を継続していいのはコロナウイルス研究だけとなった。会議、講義はすべて「Zoom」などネットを経由した遠隔方法で行うこととされた。

 影響は市民生活にも深く影を落とし始めた。

 リンカーンセンターやカーネギーホールなど大規模コンサートは軒並み休演、ブロードウェイ・ミュージカルも休止、メトロポリタン美術館やニューヨーク自然史博物館なども休館である。ニューヨーク市長のデブラシオは公立学校の全校休校を決定した。最短でも4月20日まで。延長される可能性もある。これもネット講義に切り替わる予定だが、ネット環境が整備されていない家庭、朝食やランチを公共教育に頼っている家庭も多く、これらをどう手当するか議論になっている。市はiPad を無償で貸し出したり、食事のテイクアウトを継続したりするという。3月第三週からは、とうとう市中のレストランやバーの店舗営業まで休止されることになった。こんな私的な経済活動まで制限できるのかと驚いたが、市長命令にはちゃんとした法的根拠があるようだ。

 なんだかウイルスというよりも、強迫観念が社会全体に感染を広げているようだ。知人に聞くと、9.11のテロが起きた時の雰囲気に似ているという。

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福岡伸一

福岡伸一

福岡伸一(ふくおか・しんいち)/生物学者。青山学院大学教授、米国ロックフェラー大学客員教授。1959年東京都生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学医学部研究員、京都大学助教授を経て現職。著書『生物と無生物のあいだ』はサントリー学芸賞を受賞。『動的平衡』『ナチュラリスト―生命を愛でる人―』『フェルメール 隠された次元』、訳書『ドリトル先生航海記』ほか。

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