学生運動で命を落とした恋人を忘れられない佐伯さんを演じた寺島しのぶ。その後、図書館館長としてカフカ少年と遭遇する[写真:KOS-CREA(国際交流基金提供)]
学生運動で命を落とした恋人を忘れられない佐伯さんを演じた寺島しのぶ。その後、図書館館長としてカフカ少年と遭遇する[写真:KOS-CREA(国際交流基金提供)]
知的障害を持つが猫と話ができ、迷い猫の捜索で日銭を稼ぐナカタさん役の木場勝己。2012年の初演以来、当たり役として好演している[写真:KOS-CREA(国際交流基金提供)]
知的障害を持つが猫と話ができ、迷い猫の捜索で日銭を稼ぐナカタさん役の木場勝己。2012年の初演以来、当たり役として好演している[写真:KOS-CREA(国際交流基金提供)]
[写真:KOS-CREA(国際交流基金提供)]
[写真:KOS-CREA(国際交流基金提供)]

 今年2月、村上春樹の小説が原作の舞台「海辺のカフカ」が、フランス・パリで上演された。演出は鬼才・蜷川幸雄原作の意図を忠実に再現する大胆な手法は、現地でも絶賛された。5月21日からは東京凱旋公演が行われている。

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 昨年7月から8カ月間、日仏友好160周年を記念して開催された「ジャポニスム2018:響きあう魂」。パリを中心にフランス各地で100以上にも及ぶ日本紹介イベントが行われ、300万人を動員した。そのトリを飾ったのが、今年2月15日から23日まで、パリの国立ラ・コリーヌ劇場で上演された村上春樹原作、故・蜷川幸雄演出の舞台「海辺のカフカ」(12年初演)だ。

 全8公演とも前売り券は売り切れ。最終日の公演でも、チケット売り場の前にはキャンセル待ちの列ができた。劇場の約500席はジーンズに細身の上着など、パリ市民らしいカジュアルシックな装いの老若男女で埋め尽くされた。

フランス語字幕つきの日本語での上演だったが、知的障害のある年配のナカタさん(木場勝己)が野良を相手に少々トンチンカンな会話をする場面や、ジョニー・ウォーカーやカーネル・サンダーズがいかにもという扮装で登場したときには、場内のあちこちから笑い声が起こった。3時間の長丁場だが、幕が下りると観客は総立ち。蜷川幸雄の遺影を手にした主演の寺島しのぶら役者たちが、何度もスタンディングオベーションに応じた。

 終演後、村上春樹ファンで村上作品はほとんどを読んだというITエンジニアの男性(39)は、感動の余韻に浸っていた。

「原作に極めて忠実な演出。禅寺の庭や盆栽を思わせるような舞台装置に日本を感じました」

 日本滞在経験があり、演劇学校に通うサンドラ・コエルサッシュさん(45)も、こう語った。

「夢と現実の境をさまよう至福の時間でした。社会の恥、女性の置かれた立場、名誉を尊ぶ日本の精神がフランス人にも痛いほど伝わる舞台。演出と役者の力量がなせる業です」

 公演の様子は、フランスの有力紙や業界誌など、20件を優に超えるメディアで紹介された。大手フィガロ紙は、「一瞬にして観客の心をつかむ秀逸な舞台。冒頭から奇想天外なアドベンチャーが展開される」と評した。

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