マキタスポーツ「おじさん世代の貪欲な『NO MUSIC NO LIFE』という生き方」 (2/2) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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マキタスポーツ「おじさん世代の貪欲な『NO MUSIC NO LIFE』という生き方」

連載「おぢ産おぢ消」

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マキタスポーツ/1970年、山梨県生まれ。俳優、著述家、ミュージシャンなど多彩な顔を持つ。子供4人。スポーツ用品店だった実家の屋号を芸名に。著書に『すべてのJ-POPはパクリである。』ほか。映画「苦役列車」でブルーリボン賞新人賞受賞。近刊に『越境芸人』(東京ニュース通信社)。『決定版 一億総ツッコミ時代』(講談社文庫)発売中

マキタスポーツ/1970年、山梨県生まれ。俳優、著述家、ミュージシャンなど多彩な顔を持つ。子供4人。スポーツ用品店だった実家の屋号を芸名に。著書に『すべてのJ-POPはパクリである。』ほか。映画「苦役列車」でブルーリボン賞新人賞受賞。近刊に『越境芸人』(東京ニュース通信社)。『決定版 一億総ツッコミ時代』(講談社文庫)発売中

イラスト:大嶋奈都子

イラスト:大嶋奈都子

 昔と今で明確に違うのが音楽に対するスタンスだ。「聴く」から「使う」に変化したのである。カラオケの普及からその兆しがあった。バブル時代、私はよく新宿の歌舞伎町にいた。当時はカラオケボックスがまだほとんど無く、カラオケパブ全盛であった。リクエストカードを店員に渡し、知らない客の前で歌を披露していた。

 ちなみにその頃私は、家ではちょっと背伸びをして、ルーツ音楽や、先端の渋谷系などを聴いていた、が、それは街場で歌って披露できるものではなく、ましてやレーザーカラオケにそのような音楽が入っているはずもないので、それとこれとを完全に分けて考えていた。そしてパブに行くとTUBEやチャゲアスに米米CLUBを歌った。つまり“使い”分けていたのである。

 聴く音楽はアーティストが主役で、使う音楽はリスナーが主役。今の時代は各シチュエーション、アクティビティーに沿った音楽を消費者が使用する。聴き手に対して音楽の数の方が多すぎるのだ。ご主人様に使ってもらえるよう音楽が必死に媚びている。

 そんな中おじさん世代は、戦中派が「食べる」に貪欲だったように「聴く」に貪欲だ。少ないチャンスだが、コンサートへ出かけるとなれば、再結成してくれたアーティストにここぞとばかりに金を落とす。われわれ世代は“いいお客さん”だろう。私はそれで良いと思っている。音楽も本望だろう。

AERA 2019年4月15日号


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マキタスポーツ/1970年、山梨県生まれ。俳優、著述家、ミュージシャンなど多彩な顔を持つ。子供4人。スポーツ用品店だった実家の屋号を芸名に。著書に『すべてのJ-POPはパクリである。』ほか。映画「苦役列車」でブルーリボン賞新人賞受賞。近刊に『越境芸人』(東京ニュース通信社)。『決定版 一億総ツッコミ時代』(講談社文庫)発売中。

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