難しかったのは、フレディが「マーキュリー」と名乗るところで、「前しか向かないから」と話した部分です。占星術の水星(マーキュリー)と関係があるのか。フレディがデザインしたクイーンのロゴにはメンバーの星座が入っています。マーキュリーにこめた意味を調べましたが、しっくりくる説明はありませんでした。

 クライマックスであるライブエイドのステージに向かって、フレディとクイーンのメンバーとの間にいろいろな出来事がありますが、ストーリー上の翻訳はスムーズにいきました。優れた脚本は訳すうえでも、特別な工夫を必要としないのですね。

 せりふにはない実話のエピソードをしのばせ、裏話を知っているファンを「くすぐる」演出もありました。ライブエイドのシーンで、クイーンの出番直前に、バンド側のスタッフがリミッターを上げて音量を大きくする場面があります。「さわるな」と書いたシールをはがして、つまみをそっと上げる。観客を圧倒させるためのしかけも功を奏して、圧巻のステージになりました。そういった場面を映画では翻訳本のように解説できないのはもどかしいですね。

 むしろ、一番こだわったのは歌詞かもしれません。歌詞は細かくチェックするようにしました。たとえば「キラー・クイーン」のサビの部分で、空耳で「がんば~れタブチ」と聞こえる有名な歌詞があります。「Gunpowder, gelatin」と言っている部分です。前後の歌詞には「彼女はキラー・クイーン 火薬 ゼラチン レーザー光線付きダイナマイト いつでも君の心を吹き飛ばせる」という日本語訳がもともとありました。

 ところが、「ゼラチン」が引っかかる。火薬やダイナマイトと一緒になぜ、ゼリーを作る材料のゼラチンが並んでいるのか。おかしいと思って調べたら、「膠質(こうしつ=ゲル状)ダイナマイト」という意味が出てきて、「やはり爆発物だったのだな」と思い、字幕に反映させました。

 学生時代に聴いていた渋谷陽一さんのラジオ番組「サウンドストリート」で、「誤訳しらみつぶし」というコーナーが大好きでした。英語圏の人が歌詞の日本語訳の誤りを指摘するのです。歌詞はそもそもたくさんの解釈があるので、訳すのが難しいのですが、だからこそ、「正しい意味を伝えたい」という原点になりました。(構成/ライター・斉藤真紀子)

AERA 2019年3月18日号