渡辺さんは展覧会に当たって、30代の男性当事者と一緒にオブジェも制作した。男性がひきこもっていた間に壊してしまった、中学時代の卒業アルバムを再現したのだ。

 男性は中学でいじめを受け、14歳から10年以上、自室にひきこもった。22歳の時、「学校と同級生が自分を部屋に閉じ込めた」という憎しみが募り、アルバムを壁に叩きつけた。

「真っ二つに割れたアルバムに写っていた同級生の目を刺し、破り捨てました」(男性)

 渡辺さんと男性は、コンクリートでアルバムを作ると、「つらい記憶を一度バラバラに壊すため」(渡辺さん)一度叩き壊し、改めて「金継ぎ」という技術で修復した。男性は「作品に思い切りハンマーを振り下ろした時、中学への憎しみや怒りと初めて真正面から向き合えた気がする」と振り返る。

 しかし男性は、ひきこもりから脱して故郷を離れ、働き始めてからも、生きづらさに苦しんできた。いじめによって運命が変わってしまったという思いは今もある。渡辺さんと話し合った末に「壊れたものは完全には元に戻らない」と、あえて完全には修復せず、欠けた部分を残した。「何かが欠けたまま、それでも成り立っているところが、すごく気に入っている」という。

「一つ一つ、自分で決めて作り上げる創作のプロセスには、当事者の尊厳や主体性を奪い返す力がある」と渡辺さんは強調する。将来は、当事者の作品を集めた「ひきこもり芸術祭」を開きたいと構想中だ。ネット上でのバーチャルな展覧会なら、部屋から出られない人でも参加できる。リアルな場を設けて、外に出てこられる人がダンスや音楽を披露してもいい。

 2月初旬、ひきこもり当事者らの対話の会で「芸術祭」を提案したところ、その場にいた当事者の多くが写真や手芸、小説などさまざまな形で創作活動をしていると語った。渡辺さんは「彼らの作品を、アートとして世に出すための場づくりをしたい」と話している。(ジャーナリスト・有馬知子)

AERA 2019年2月18日号より抜粋