渡辺篤さん。「社会に出ていても、抑圧を受けて精神的にひきこもっている人はいる。生きづらさは当事者だけの問題ではない」(撮影/有馬知子)
渡辺篤さん。「社会に出ていても、抑圧を受けて精神的にひきこもっている人はいる。生きづらさは当事者だけの問題ではない」(撮影/有馬知子)

 アーティストの渡辺篤さん(40)が、ひきこもり当事者の部屋の光景を集めた写真集を出版。展示会も開催する。自らも社会との接触を断った経験があるという渡辺さん。展示会には、引きこもりの経験が生かされている。

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 渡辺さんは2010年から約3年間、失恋や関わっていた市民運動から排除されたことなどをきっかけに、世間との接触を絶っていた。特に最初の7カ月半はほとんど自室から出ず、携帯電話をへし折り、SNSのアカウントも消した。

「社会的に死んで、後は肉体の死を待つだけ、という感覚だった」

 自身の経験から「自分の部屋は、心の傷が最も生々しくうずいている現場だ」と語る。写真募集のサイトにも、自分がひきこもっていた部屋の写真を公開した。そこには散らかり放題で、トイレにすら行けずに尿の入ったペットボトルをため込んだ光景が写し出されている。

「自分がすべてさらけ出したことで、当事者も勇気を奮い起こして自分の『傷』を送ってくれたのではないか」

 写真集の発売に合わせ、2月16日から24日まで、横浜市中区で展覧会も開く。会場は、展示写真と来場者が壁で隔てられている。人々は壁面に開けられた「ひび割れ」越しに写真を見る仕掛けだ。写真集もカバーを袋とじにして、刃物などで破って開ける装丁にした。いずれも見る人に、当事者を「のぞき見る」感覚を呼び起こすためだ。

 社会がひきこもりに向けるまなざしには、苦しみに寄り添いたいという優しさがある一方、奇異な存在をのぞき見たいというぶしつけな欲望が存在する。見る人にはのぞき見るという行動を通じて、こうした暴力的な視線に気づいてもらいたいと、渡辺さんは考えた。

「変わるべきは当事者ではなく、彼らを傷つけ、生きづらくさせる社会の在り方だと伝えたい」

 実際にひきこもりをめぐっては、一部の強引な支援者が、当事者の同意を得ずに無理やり部屋から連れ出すことが問題となっている。展覧会初日には、渡辺さんが制作したドアを入り口に設け、来場者と金づちなどで割って入場するパフォーマンスも予定している。来場者に「力を行使し、介入する」感覚をよりはっきり持ってもらう狙いだ。

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