平松洋子(ひらまつ・ようこ)/エッセイスト。食文化や文芸をテーマに幅広く執筆。『買えない味』でBunkamuraドゥマゴ文学賞受賞、『野蛮な読書』で講談社エッセイ賞受賞。ほかに『夜中にジャムを煮る』『日本のすごい味』など(撮影/写真部・小原雄輝)
平松洋子(ひらまつ・ようこ)/エッセイスト。食文化や文芸をテーマに幅広く執筆。『買えない味』でBunkamuraドゥマゴ文学賞受賞、『野蛮な読書』で講談社エッセイ賞受賞。ほかに『夜中にジャムを煮る』『日本のすごい味』など(撮影/写真部・小原雄輝)

 平松洋子さんによる『そばですよ 立ちそばの世界』は、大衆食の代表でもある立ちそばの世界を取材しながら、その味わいと魅力を描き出すエッセーだ。著者の平松さんに、同著に込めた想いを聞いた。

【画像】“立ちそばガール”が案内する最強「立ち食いそば」厳選25!各店の業界での「立ち位置」を分析

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 <「ごちそうさまー」「ありがとうございましたー」ほんの十分足らず、お代は百円玉四枚か五枚。「袖ふり合うも多生の縁」という言葉を思い出す。ズズッと啜った一杯に香る一瞬の人情味を知ってから、立ちそばに惹かれるようになった>

 今まで食べた外食のなかでもっとも多くを占めたのは?

と問われたら「立ちそば」と答える人は多いだろう。ごちそうではないし人気ラーメン店のように行列することもない。しかしこれほど日本社会に根づいたファストフードはほかにはない。本書は立ちそばを「文化の表象」と捉え、丹念に食べ歩き、その味わいと心意気を描いた記録である。

「立ちそばって十把ひとからげに語られがちな世界ですが、安さとか手早さだけではない、このつゆで、麺で、天ぷらでと、『一つ一つこういう仕事をしたい』とこだわりを持つ人たちがいる。この店はどこで客を引き寄せるのかと。そして定食屋と同じく失いたくない存在です。書き手としては今伝えておきたいという気持ちです」

 平松さんが選ぶ店に、大手チェーンは入らない。一軒一軒個性があり、作り手の顔が見え、客の表情も見えてくるような魅力あふれる店ばかりだ。

「立ちそばをやっている人たちって声高にならない。客も自分の気配を消すというのか、さりげない。いろんな人たちが出たり入ったりの交差点みたいな雑多な感じですね。街の雰囲気も含め、仕事や暮らしの流れの中にあるのが立ちそばの良いところかも」

 平松さんの取材で登場するのは、作り手だけではない。立ちそばの達人ともいえそうなゲストも。たとえば立ちそば歴40年以上だというタレントの山口良一さんと、なぜ丼を持って食べるのか、まずいのも新しい発見なのか、と対話したり、評論家の坪内祐三さんに早稲田界隈の店を案内してもらったり、ロードムービーのような展開が何とも味わい深い。それにしても「本の雑誌」と立ちそばの取り合わせは意外だ。

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