都内の女性(53)の娘は友達と一緒に小学4年生から塾に通い始めた。第1志望は夫が「良さそう」と言っていた名門女子校。だが6年生の夏休みに突然、娘が思い詰めた表情で言った。

中学受験をやめて、海外の学校に行きたい」

 算数のある分野が苦手で志望校模試の結果が急降下していた。1週間後、夫婦で話し合った考えを伝えた。

「さすがに今から海外の中学は無理だけど、東京にも良い学校はたくさんある。何より2年半頑張ってきたことを、マイナスの経験にするべきじゃない」

 娘の表情が軽くなったような気がした。塾の通常授業が始まる9月、娘に「行く?」と聞くと「行く」との返事。第1志望校は「どうしても」というわけではなさそうだった。そこで前から好印象だった候補校から娘が「雰囲気が合ってそう」と選んだ学校に変えた。クラスも落とし、そこで成績優秀者となった娘は自信を取り戻した。無事に合格し、今は楽しく部活動に励んでいる。女性は振り返る。

「以前から何校か見学に回り、娘に合いそうな学校を見つけていたことで、親子ともども視野を狭めずにすんだのが良かったのかもしれません」

 親子で「いいと思える学校」をできるだけ探しておくことも、大事な準備だと福田さんは話す。併願校を含めて「どの学校でも大丈夫」と思えれば、受験直前に変更することになっても、第1志望校が不合格になっても、その先を前向きに進める。

 本番直前、福田さんは親や受験生にこんな話をよくする。「受験の成功とは何か」だ。

「中学受験は確かに合格を目指すけれども、そもそもの成功と失敗はそこにはない。合格するための学力を身につけることが、中学受験の本当の意義です。たった1回の試験ですから問題に左右されるのが現実。でも受かるための努力をしてきたのは事実。自信を持って堂々と試験会場に向かうことができれば、それで中学受験は成功です」

 中学受験は、精神的に自立する前の子どもが親の影響を受けやすいという意味で、高校・大学受験とは少し異なる。「ままならぬ通過点」を経験する子どもへの接し方は、親自身も試される。万人に響く魔法の声がけはない。でも一歩引いたところから見守り寄り添えば、12歳の小さな背中を押すことはできるだろう。(ライター・豊浦美紀)

AERA 2019年2月4日号