「選手生命に影響するものではないなら、僕は出場します」

 フリー当日の24日、2日ぶりの公式練習では、滑り始めた瞬間に痛みが宇野を襲った。35分の練習中、自問自答した。

「ジャンプができない。でも棄権する勇気もわいてこない。だからといって中途半端な気持ちでは試合に出たくない。どっちなのか。やっぱり僕は出たい」

 気持ちが固まると、練習の最後にはトリプルアクセルと4回転トウループを跳んだ。ミスをすると、激痛で顔を歪める。

「何でそこまでして出たいの」

 樋口美穂子コーチが尋ねると、宇野は答えた。

「地上を歩けるなら無理してでも試合に出る。僕の、宇野昌磨という選手の生き方はこうなんです。それが僕のプライド。大きい小さい関係なく、どの試合にも出たいんです」

 止められる者は、もう誰もいなかった。迎えた夜の本番、6分間練習では4回転が全く決まらないが、終始笑っていた。

「あまりにできなさすぎて、笑っていました。笑顔になることで、『やるしかない』と気持ちを持っていけましたし、初めて自分を信じることができました」

 その力を胸に、フリーの演技冒頭で4回転フリップを成功。演技後半では4回転トウループ、そして2本のトリプルアクセルを降りた。達観の域といえる静かな表情で「月光」を滑りきった。フィニッシュで素に返り、思わずガッツポーズが出た。

「苦しいなかでもがいて成し遂げたものって、淡々とできたものより嬉しい」

 と、心からの笑顔。総合289.10点での圧巻の優勝だった。

「この全日本選手権でやっと自分を信じることができた。この経験を世界選手権に繋げます」

 一方、5年ぶりの全日本選手権という夢の舞台に立ったのが高橋大輔(32)だ。1年前、平昌五輪の選考となる同大会を見て、復帰を決意した。

「全日本には独特の緊張感があって、日本一を決める試合に出ていると思うと心地いいですね」

 そう語る高橋は、大会期間中いつも笑顔だった。ショートでは、冒頭でクリーンなトリプルアクセルを成功。この日一番の大歓声で会場が揺れた。4回転こそないもののジャンプをすべて降りると、持ち前の表現力で静寂と柔らかさが織りなす幻想的な世界観を演じた。得点は88.52点で2位。音楽解釈は9.25点でトップの評価だった。

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