「実は、同じ時期に二つの役を演じるという経験は初めてだったんです。僕自身、どうかなと思っていたんですが、麦田と律は全然違うタイプだったので、切り替えに苦労したことはほぼなかったです。

 僕は演じるのに好きなタイプの役というのはありません。キャラクターが魅力的であればそれでいい。律には律の、麦田には麦田の魅力があったので、両方やっていて楽しかったですね。役を作る時にモデルを作ることはあるんですが、律は結構、自分のままでした。麦田に関してもなかったですね。麦田は初めて演じたときからしっくり来て自分でも驚きました(笑)。ただ、発声の仕方は『億男』と繋がっていたんです。一男は大学時代に落語研究会に所属していたという設定だったので、江戸落語を練習しました。その江戸弁の喋り方を若干、麦田に。麦田が江戸弁を喋っているわけではありませんが、ニュアンスは使っています」

 計算ずくで演技をせず、納得するキャラクターになるまで努力し続ける──。佐藤にとって俳優としての美学とはなんだろう。

「強いて言うなら、そういうものを作らないことです。俳優とはこういうものだ、ということを一切作らない。常にその時に最大のパフォーマンスをする。それは作品の役に対してはもちろんですが、もっと言うと、このシーンに対しての役になりきるための一番いい方法はこうだ、ということを常に考え続けることだと思っています」

 そんな演技に対する真摯な話は聞いているだけで幸せな気持ちになる。俳優は天職なのだろう。デビューしてから今まで、辞めたいと思ったことはないという。

「会社員の友達が言ったんです。『自分の未来が全部見える』と。死ぬまでにいくら稼いで、このくらいの家を買うんだろうな、ということがわかるって。もっと言うと、死ぬまでの休日もだいたい計算できるから、その中でできることはこれとこれくらいだと。それを聞いたら『会社員は確かに楽しくはないかもしれないな』と思いました(笑)。俳優の仕事は不安定かもしれないけれど、10年先、20年先、僕はまだまだ全く違うことをしているかもしれない。ワクワク感があります。

 そもそもこの仕事って辞める必要がないと思うんです。頻度を変えたり一線を退いたり、他のことに熱中したりしたとしても、引退しなくていいじゃないですか。10年後にまた演技をしたくなったらまたやればいいと思うから。僕は休むことがあったとしても、引退することはないと思いますね」

(構成/フリーランス記者・坂口さゆり)

※AERA 2018年10月22日号