「3レースという決勝進出の難易度が上がる中で、決勝で力を出せる形が作れるかどうか。そのためには、練習量を落として疲労を抜く調整の前までに、どれだけ体力の上積みができるかが鍵になる」(野口さん)

 五輪でのレース解説などで知られる中京大学スポーツ科学部教授の高橋繁浩さんも、世界選手権がひとつの分水嶺とみる。

「北島は五輪前年の世界選手権で成功体験を積んで金メダルを取った。池江も来年まで、この1年間をどう過ごすかだろう。そして、体力、技術の向上はもちろんだが、一番重要なのはメンタルコンディショニング。メディアを含めた周囲の目やプレッシャーを、自分のなかでどう処理して平常心を保つかが課題ではないか」

 水泳選手は非常に繊細だ。ちょっとした気持ちの揺れがフォームのずれやバランスに影響を及ぼす。過去にも多くの選手がプレッシャーに苦しんできた。

 だが、現在の日本の競泳界では、池江ひとりに注目が集まるわけではない。男子個人メドレーでライバル対決を繰り広げる萩野や瀬戸大也、平泳ぎの渡辺一平、女子個人メドレーの大橋悠依と金メダル候補がひしめき、注目度は分散されている。

「メンタル面では、お互いがお互いの援護射撃をする形になってくれたら。それを考えると、北島康介はすごいと思う。アテネ五輪からずっとひとりで競泳界を引っ張ってきたんだから」

 そう話す高橋さんは池江のプラス要素として、5月から池江を指導する三木二郎コーチ(35)の存在を挙げる。00年シドニー、04年アテネ両五輪個人メドレー代表で、英国代表チームでコーチを務めた経験もある。

「彼が海外で培った知見や経験がいい形で伝えられたら、池江の成長につながるだろう」

 そして最後は競泳ニッポンが積み上げてきた歴史が、池江を平常心にしてくれるに違いない。

「康介さんほどしんどくない」、そう思えたらいい。(文中一部敬称略)(ライター・島沢優子)

AERA 2018年9月10日号