工場群の明かりが闇に浮かぶ間を縫うように走る岳南電車の「夜景電車」。岳南電車は国内で唯一、工場夜景の中を走る鉄道として注目されている(撮影/今祥雄)
工場群の明かりが闇に浮かぶ間を縫うように走る岳南電車の「夜景電車」。岳南電車は国内で唯一、工場夜景の中を走る鉄道として注目されている(撮影/今祥雄)

 車社会の到来と人口減で、苦境に立つ、ローカル鉄道。だが、5割以上の会社が「廃線」の危機を乗り越え、利用客を増やしている。その挑戦を支える人たちを追った。

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 製紙工場の明かりが闇に浮かぶ間を、小さな2両編成の電車が縫うように走る。後部車両の車内照明は消され、オレンジの非常灯だけが鈍く光る。

「なんだか不思議な空間ねえ~」

 30人近い乗客からため息が漏れる。まるで、異次元の世界に迷い込んだようだ。

 静岡県富士市の東部を走る「岳南電車」、通称「岳鉄(がくてつ)」。全長わずか9.2キロのローカル線だ。普段は通勤、通学の足として使われている電車を毎月1、2回、こうして「夜景電車」と銘打ち運行する。

お金をかけないで観光的要素を取り入れた。だけど、かけたくてもかけられない財政事情もあります」

 昨年6月に富士急行から出向し、岳鉄の社長に就任した雨宮正雄社長(55)は苦笑する。

 確かに、「夜景電車」と言っても車内を消灯しただけ。いつもの車両を使い、出発時刻も料金も同じ。全区間(吉原駅~岳南江尾(がくなんえのお)駅)を45分かけて1往復するだけ。首都圏の臨海工場のまばゆいばかりの夜景ツアーとも趣が違う。だが、暗い車内から見る昭和の面影を残す家々や工場が車窓の向こうにポツリポツリと浮かんでは消える景色は、ここでしか味わえない「ぬくもりの夜景」となって人々を魅了するのだ。

 岳鉄の開業は、戦後間もない1949年。富士山の豊かな水資源を求めて集まった製紙工場の製品を貨物列車が運び、沿線はにぎわった。

 56年に富士急行が資本参加し、年間利用客は67年に510万人とピークを迎えホームは人であふれた。しかし、少子化やマイカーの普及などで乗客数は激減。2012年3月には、ペーパーレス化で紙の出荷量が落ち込み貨物輸送は廃止となる。岳鉄は「廃線」の危機に直面した。そんなドン底の時に登場したのが「夜景電車」だった。岳鉄の灯を絶やすまいとする市民サポーターも協力し、15年から「夜景電車」を開始。メディアを通じて評判となり、今では県外からもわざわざ乗りに来る人が増え、外国人客も多い。

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