はじめこそ寄付を渋っていた人たちも、無償で働く佐伯副社長の熱意に打たれ寄付してくれるようになった。さらに寄付者の名前を駅に掲示したところ、寄付が寄付を呼び、最終的に約3300万円もの寄付金が集まった。こうして11年から3年かけ、全駅のトイレが寄付とボランティアによって最新式に。トイレだけでなく駅舎や駅前広場も整備。駅がきれいになると、地元の人も乗るようになった。佐伯副社長は力を込める。

「鉄道は、過去に先輩たちがつくってくれた財産やと思うんです。その財産を大切にせないかんですよね」

 車社会になった今、鉄道を「乗って残そう」といっても限りがある。それより、鉄道を媒介に地域の魅力を発信しながら鉄道にお客を呼び込むのがこれからのローカル鉄道の在り方だといわれる。そんな鉄道を目指しているのが、「天浜線」の愛称で知られる「天竜浜名湖鉄道」だ。総延長67.7キロ、静岡県掛川市や浜松市など5市1町を結ぶ第三セクター。15年度の年間乗客数は、前年度比で3%増。

「ちょっとした意識改革だけだったのですけど」

 天浜線の植田基靖(うえたもとやす)社長※(58)は、笑顔で迎えてくれた。14年、静岡県交通基盤部都市局参事から選任された。「なぜ選ばれたのか分からない」まま社長になったと苦笑するが、掲げた意識改革が「情報発信」だった。

「ただし、天浜線をPRするのではなく、沿線のグルメや名所史跡など沿線の魅力を情報発信するようにしたのです」

 勤めていた県庁と無縁ではなかった。県職員時代、観光振興課長や観光政策課長を歴任。その時、地域が連帯して観光による地域活性化を目指し成功する事例を数多く見てきた。そこで社長に就任すると、地域の情報をどんどん発信していった。やがて「天浜線に持っていけば情報を発信してくれる」と、あちこちから「一緒にやりたい」という声がかかるようになった。

 こうして生まれたのが「スローライフトレイン」、通称「マリメッコ列車」。車内のカーテンとヘッドレストカバーをフィンランドの服飾・生活雑貨ブランド「マリメッコ」で、おしゃれにコーディネートした列車だ。

次のページ