瀬戸内寂聴「これが最後の長編小説になるかも」 自著への思い明かす 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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瀬戸内寂聴「これが最後の長編小説になるかも」 自著への思い明かす

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 作家で僧侶の瀬戸内寂聴さんがAERAの表紙に登場。最新の長編小説への思いなどを聞いた。

 京都・嵯峨野の「寂庵」。瀬戸内寂聴(96)が終の住処と決めている山門の庭に、春になると花を咲かせる枝垂れ桜がある。その花片を彷彿とさせる薄ピンク色のスクリーンの前で、紫衣をまとった寂聴はポートレートの撮影に臨んだ。

 その表情は終始、くつろいだ様子。飄々たる風情の中にあたたかなユーモアが溢れる。これまで出版した本は400冊以上。恋愛と小説に命を燃やしてきた女性の執念が醸す「凄み」も健在だ。

 最新刊の『いのち』は『死に支度』以来、3年ぶりの長編小説。寂聴と同時代を生き、すでに鬼籍に入った作家、大庭みな子と河野多恵子との交流を描いた。

 性格や価値観、男の好みこそ違えど、やはり恋愛と小説に生きた女の一生は、奔放でドラマに満ちている。

「2人とも芥川賞を受賞した日本を代表する作家です。彼女たちの人生について、その葛藤を含めて書き残しておくことが後世の人のためになると思ったんです」

 作品の冒頭は、長い入院生活を終えた主人公の心境から始まる。その主人公とは、2014年に圧迫骨折と胆嚢がんの手術を受けた寂聴、本人。

「体力的に、これが最後の長編小説になるかもしれません」

 90歳を過ぎてから、毎年、体のどこかが悲鳴をあげる。しかし、悲愴感はまったくない。そればかりか、社会や政治に対する発言は、相変わらず歯に衣着せない。とくに憲法9条を改正しようと企む現政権には手厳しい。寂聴を突き動かすのは戦争を体験した者の悲惨な記憶だ。

「文学者はただ書くだけではなく、少しでも世の中がよくなるように行動しなければならない。このままでは死んでも死に切れない」

 長編こそ最後と言うが、小説の題材はあちこちに転がっていて、創作意欲が尽きることはない。すでに葉桜となった寂庵の枝垂れ桜を仰ぎ見ながら、寂聴は次の作品の構想を膨らませている。つまり、『いのち』は終わりの始まりなのである。(文中敬称略)(ノンフィクション作家・中原一歩)

AERA 2018年5月28日号


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