いそべ・りょう/1978年生まれ。音楽ライターとして主にマイナー音楽と社会との関わりを追求。著書に『ヒーローはいつだって君をがっかりさせる』『音楽が終わって、人生が始まる』など(撮影/写真部・大野洋介)
いそべ・りょう/1978年生まれ。音楽ライターとして主にマイナー音楽と社会との関わりを追求。著書に『ヒーローはいつだって君をがっかりさせる』『音楽が終わって、人生が始まる』など(撮影/写真部・大野洋介)

 音楽ライターとして主にマイナー音楽と社会との関わりを追求してきた磯部涼さんが、『ルポ川崎』を上梓した。月刊誌「サイゾー」で連載したルポに加筆修正した同著は、多文化都市・川崎を舞台にラップからヤクザ、ドラッグ、売春、人種差別まで、ニッポンの病巣をえぐる。

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〈川崎のこのひどい環境から抜け出す手段は、これまで、ヤクザになるか、職人になるか、捕まるかしかなかった。そこにもうひとつ、ラッパーになるっていう選択肢をつくれたかな〉(第1話「ディストピア・川崎サウスサイド」)

「川崎」と題された連載ルポの取材が始まったのは2015年夏。発端は同年2月に多摩川河川敷で起きた中1殺害事件だった。また5月には川崎区日進町の簡易宿泊所の火災で11人が亡くなる惨事も。音楽ライターの磯部涼さんは、事件のバックグラウンド=深層に踏み込んでゆく。それは川崎という街の深奥に光を当てること。その入り口にラッパーの存在があった。

「BAD HOP(川崎区で1995年に生まれたラッパーを中心にしたグループ)を取材していたら、彼らは中1殺害事件の加害者グループの先輩にあたり、近いところにいたことが分かった。ラップは自分たちの生い立ちや住む街を歌うもので、川崎の少年たちの間ではなじみのある文化になっていた。そこでBAD HOPをとっかかりにしたら見えてくるかなと」

 15話で構成された本書には、川崎という地元で生きる者たちの濃密で多様な物語が描かれる。通底するのは「音楽」。けんかに明け暮れる不良少年たちがラップに惹かれ、工場地帯でレイヴ・パーティーが開かれ、川崎に帰還した在日コリアン・ラッパーの熱いドラマが展開する。取材の過程で川崎南部にあたる在日コリアンの町・桜本を標的にしたヘイトデモがあり、カウンターに立ち上がる若者たちも登場する。多文化共生の拠点である桜本に、路上の闘いと祭りが交差する。

「川崎は流れ者を受け入れてきた歴史があります。在日コリアンもカウンターの人たちも流れ者で、桜本では顔を突き合わせながら関係をつくってきたのです」

 各物語の主役は若者だけではない。第12話の主役を張るのは、40年以上も前に川崎に流れ着き、日雇いで生活、競輪場に通う「現役」フォーク歌手・友川カズキである。

「ギター一本の弾き語りってラッパーに通じるものがある。友川カズキさんから見える川崎が、流れ者の街であり競輪場に集う者たちだった。火災が起きた簡易宿泊所も、経済成長を支えてきた労働者がホームレス化してたどり着いた場所だったわけです。今回はルポが中心だったので、歴史を掘り下げた川崎論みたいなのを書けたら」。刮目して待ちたい。(ライター・田沢竜次)

AERA 2018年3月19日号