綾小路翔「(2017年は)木更津市がこっちを振り向いてくれた元年」地元愛を語る (1/2) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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綾小路翔「(2017年は)木更津市がこっちを振り向いてくれた元年」地元愛を語る

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松永良平AERA

【木更津】氣志團/1997年、千葉県木更津市で綾小路 翔を中心に結成。リーゼント、学ランなど一貫したキャラクターで活動。地元で毎年開催するフェス「氣志團万博」は出演者の豪華さでも大きな話題に(写真:ソニー・ミュージックアーティスツ提供)

【木更津】氣志團/1997年、千葉県木更津市で綾小路 翔を中心に結成。リーゼント、学ランなど一貫したキャラクターで活動。地元で毎年開催するフェス「氣志團万博」は出演者の豪華さでも大きな話題に(写真:ソニー・ミュージックアーティスツ提供)

 地方から上京し音楽活動を続けるバンドマンにとって、「地元」とはどんな存在なのか。<ロックと地元>のテーマのもと、ライター・松永良平氏が読み解く。

*  *  *
 01年のメジャーデビュー以前から、事あるごとに千葉県木更津市出身であることを強調し、地元への愛情を標榜し続けているバンド、氣志團の綾小路翔。今回取材したアーティストの中では、ダントツで出身地が東京に近い。実際、「木更津って東京の隣じゃん?」と言われることも多いと綾小路は苦笑いする。  

「僕が学生の頃はまだアクアラインがなく、車でも電車でも2時間以上はゆうにかかりました。近いようで遠い街でしたね」(綾小路)

 東京に憧れながらも地元で遊んでいた高校時代に綾小路が出会ったのが、木更津でDJやスケボーのカルチャーを盛り上げようと活動していた先輩たちの存在だった。

「『木更津は最低で最高の街。俺らの時代で、こんな街でも何でもできる、どんな夢でも見れるということを証明しよう』という精神を持って活動をする人たちだった。暴走族的な上下関係から初めて解放された瞬間でした。16歳の僕は感動と賛同。自ら志願し、その一番下でお手伝いをさせてもらって。この頃の経験が氣志團の根源であり原動力。人生のヒントはすべてそこにありました」(同)

 メジャーデビュー直後にはテレビドラマ「木更津キャッツアイ」にも出演。03年には親交のあった「GLAY」らを迎えて第1回氣志團万博を開催するなど、地元愛を前面に出して活動していた氣志團だったが、綾小路の気が晴れなかったのは、肝心の木更津市の協力が思うように得られなかったことだった。

「ドラマに関わった皆様は木更津市から表彰されたけど、僕らには何にもなかったんですよね(笑)。それにちょっといじけた(笑)。まぁ、それはジョークとしても、これまでもう様々なことがあって、一時期は木更津不信になりかけたときもあったんです(笑)。でも、そういう葛藤がひとまわりして『いいじゃないか、好きなもんは好きなんだから』と思えるようになった。そんなタイミングで、氣志團万博を隣の袖ケ浦でやったらという話が出てきて。自分が好きだった子(木更津)からは振り向いてもらえないけど、その隣にいた子(袖ケ浦)が『あんた見どころあんじゃん。うちにおいでよ!』みたいに言ってくれた。それで12年からは袖ケ浦市の新しい会場で万博を再開したんです」(同)


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