患者の心をケアする“臨床宗教師”が、布教心強すぎる宗教者には不向きな理由 (1/3) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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患者の心をケアする“臨床宗教師”が、布教心強すぎる宗教者には不向きな理由

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田茂井治AERA#がん#病気
高齢者を見舞った際の井川住職(左端)。スタッフみんなで作った「数珠ブレスレット」に念を込める“念入れ”を行った(写真:関東臨床宗教師会提供)

高齢者を見舞った際の井川住職(左端)。スタッフみんなで作った「数珠ブレスレット」に念を込める“念入れ”を行った(写真:関東臨床宗教師会提供)

 なぜ、自分だけが病気で死ななきゃいけないのか? しばしば死を間近にした患者は、こう訴えるという。当然、医師にも看護師にも家族にも提示できる答えはない。そこで患者の心のケアを専門に行う“臨床宗教師”に注目が集まりつつある。

 きっかけは2011年の東日本大震災だった。被災者や遺族のケアのために宗教者が宗派を超えて協力。これを契機に、東北大学で12年から臨床宗教師の養成講座がスタートした。今では龍谷大学、武蔵野大学、上智大学などが加わり、約250人が研修を修了している。その大半をお寺の僧侶が占めるものの、宗派はバラバラ。神主や牧師も少なくないという。

 宗教者とはいえ、布教や宗教の勧誘を行うわけではない。むしろ、それを禁止している。関東臨床宗教師会事務局長で高野山真言宗歓楽寺の井川裕覚住職は「基本的にお釈迦様の教えを説くようなこともしません。お医者様や看護師さん、ご家族にも打ち明けられないことに耳を傾けるのが私たちの役割」と話す。宗教上の教えを説いたところで、実際に死に直面した人々の心が晴れるほど、ことは単純ではないのだ。神主でもある日本臨床宗教師会の池内龍太郎理事も次のように話す。


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