放射能の人体への影響について、当時の早野はその11年前に受けた肺がん手術時のCT検査による放射線被曝程度しか知らなかったし、原子力工学の知識もほぼなかった。テレビ、パソコン、スマホなどで見ることのできる数値しか情報はなかった。

「これじゃわからん」。長く鍛えた科学研究者として、「数字の並びを見ると、(変化のわかりやすい)グラフにしなければならないという強迫観念がある」と早野。13日昼、原発正門付近の放射線測定値をグラフ化しツイートに画像として載せた。針のようなピークが12日午前10時ごろに記録されていた。二転三転する政府や東京電力の発表内容を理解するため、これらの情報が必須と考えて、パソコンの前で待つ多くの人がいた。

東大本部からの「黙れ」 早野の活動は衰え見せず

 14日朝、東大本部からの使者として理学部の同僚が早野のもとに来た。「本部は早野さんに『黙れ』と言っている」という。「混乱を招かぬように」と放射線関連の情報に関して本部での一本化を志向し、早野の自由なツイッターを問題視したらしい。しかし早野は全く黙ることなく、情報を詰め込んだつぶやきを続けた。反響からみて、早野は人びとの不安に、「科学的に応える義務感」を持ったのかもしれない。

 その後も早野の活動は止まらなかった。身近な放射線レベルを測定しようとする市民を助ける専門家がだれもいない──。ネット経由でそれがわかったからだった。市民たちは測定器を持っていても正確な測り方を身に着けている人は少ない。誤った測り方をすれば、数値はとんでもないものになり、かえって身動きが取れなくなる。

 早野が本格的に福島の問題にのめり込むきっかけのひとつは、福島での食品による被曝問題だった。目をつけたのは学校給食だ。これをまとめて容器に入れ、測定器で継続的に測る「陰膳(かげぜん)検査」をやれば、子どもたちの内部被曝の状況がわかる。9月中旬、そのアイデアを伝えた文部科学省の担当者は「やりたくない、(放射性物質が)出たらどうする」とけんもほろろ。文科副大臣に直訴し予算化への道をつけると、個人のポケットマネーで福島県南相馬市での検査をすぐさま実施した。

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