●文明未接触の密林住人

 原始時代の壁画から野外演劇、小説、映画、ラジオと、物語を供するメディアは移り変わり、「その最後尾がテレビ」と遠藤さんは言う。いま興味があるのは、台頭しつつある新メディアへの転換期に、何をすべきかだ。

「触覚や嗅覚に訴えるメディアが生まれたら主流になるでしょう。そのときにテレビの前にお客を戻そうと躍起になって孤島に取り残されるより、新しい船に乗って次の物語を届けられるようにしたいですね」(遠藤さん)

 予算や放送枠が少なくなり、冬の時代といわれるドキュメンタリーの分野でも、NHKの奮闘は目を引く。なかでも、大型企画開発センターのシニア・ディレクター、国分拓(こくぶんひろむ)さん(51)は、誰も見たことがない世界を見せてくれる人だ。主戦場はアマゾンの奥地。“最後の石器人”といわれるヤノマミ族と150日間同居したり、金鉱山で一獲千金を狙う男たちに50日間密着したり。文明と接触したことのない民族「イゾラド」の撮影にも成功している。どれも1999年に行ったアマゾンの環境問題取材で興味を持ったテーマだという。取材交渉も、現地で取材相手と心を通わせることも一筋縄ではいかないはずだが、

「どうして他の人ができないのか不思議です。NHKの名前もあんなところでは役に立たないし、恵まれているわけでもない」

 と淡々としている。

「あ、でもそこにただじっといることが全く苦にならない性格だからできるのかも」

●無法地帯「居心地いい」

 信条は、取材対象とは一定の距離を保つこと、こちらから仕掛けず、その場にゆっくりなじむこと。相手に言いたいことが生まれるまでひたすら待つこと。そうでなければリアルな言葉は出てこない。撮影は2、3人、安全の担保はグループで一番慎重な人に合わせるのもルールだ。

 金を掘って暮らすガリンペイロたちに法はない。仲間うちで殺し合うこともある。国分さんも銃で脅されるなど、危険な目に遭っている。しかし当の本人は、「ブラジル人ってああいうヤンチャなところがあるから」と無頓着だ。金と女と酒を求めて欲望のままに人々が生きる無法地帯も「居心地がいい」。

 法律やお仕着せのルールではなく、自分の基準で生きている、生きているように見える人間に強烈に惹かれるという。そして彼らを、ずる賢さのない「ピュアな男たち」と表現する。

 文明と未接触の原住民へ、政府やNGOの介入が始まり、アマゾンも変わりつつある。番組を通じて私たちが思い知らされるのは、他人の掟に踏み込むことの結果と、文明の加害性だ。

「単純な善悪では割り切れないことを問い続けたい。それがドキュメンタリーだと思っています」(国分さん)

 今回取材した4人中3人が、写真を撮るほんの数秒でさえ社員証を外すことをためらった。そんな生真面目さと、腹をくくって臨む常軌を逸した制作への情熱。この振れ幅が、多くの視聴者をひきつける番組の多様性につながっているのだろう。(編集部・竹下郁子)

AERA 2016年11月28日号