「日本は米軍に守られている」との漠然とした印象を多くの日本人も米国人も抱いているが、現実には直接日本防衛に当たっている米軍はゼロだ。横須賀、佐世保を母港とする第7艦隊の艦艇は西太平洋、インド洋全域で米国の制海権を確保する任務を持ち、アラビア海などに出動する。沖縄の海兵隊は第7艦隊の陸戦隊で、揚陸艦に乗って各地を巡航している。沖縄の嘉手納と青森の三沢にいる米空軍の戦闘機計約60機は日本の防空には関与せず、中東などに交代で派遣されることも多い。

「日米防衛協力のための指針」(ガイドラインズ)は英文では、「日本は日本の市民と領域を防衛する一義的責任(プライマリー・リスポンシビリティ)を有す」とし、「米軍は支援、補完をする」と定めている。自衛隊は、防空、ミサイル防衛、日本周辺での船舶の保護、地上攻撃の阻止、撃退などで一義的責任を負い、「必要があれば自衛隊が島の奪回作戦を行う」としている。自衛隊が「一義的責任を負う」と明記しておけば、米軍は何もしなくても責任を問われない仕組みだ。

 だが、これでは日本で「何のために米軍に基地を提供し、莫大な補助金を出すのか」との疑問が出るから、邦訳では「一義的責任」を「主体的に行う」とごまかしている。これはすでに自衛隊が日本防衛に責任を負っている実態の追認でもあり、米軍が去っても防衛に大穴が開くわけではない。

 トランプ政権が、「もっと金を出さないと米軍は撤退する」と言うなら、「結構なお話ですな」と応じるべきだ。もしそうなれば沖縄の基地問題は解消し、約6千億円の米軍関係経費の支出もなくなる。北朝鮮の核・ミサイル開発は、第2次朝鮮戦争がもし起こった際、もっぱら韓国軍、米軍の基地を狙うためと見られ、米軍が日本から去れば、限られた数の核弾頭を日本に向けて使う意味はなくなる。

 現実には、米国が世界的制海権を保持するために不可欠な横須賀、佐世保両港や岩国の海軍航空基地などを放棄することは考えがたい。真珠湾も艦船の修理能力は乏しいからだ。日本が「退去するならどうぞ」と言えば、相手は「ぜひ置いてほしい」と下手に出るしかない。もしトランプ氏が「退去するぞ」と脅すならば、それは日本が「トランプ」(切り札)を握る好機となる。だが、外務省や安倍首相にその度胸があるかは疑わしい。(寄稿/田岡俊次氏)

AERA 2016年11月21日号