障害児の看護・介護を、母親が一人で丸抱えしているケースが多い。子どもはほかの子どもたちと一緒に過ごすなかでぐんと成長できる。親も仕事ができ、経済的にも精神的にも安定する。障害児とその親を孤立させず、社会で支える仕組みが必要だ。
関東地方にある5年前に建てられた一軒家。庭に面した明るいリビングの中央には小さな布団が敷かれ、生後3カ月の赤ちゃんが眠っている。
心なごむ光景だが、よく見ると赤ちゃんの鼻には栄養をとるためのチューブが入れられ、足の指には心拍数や血液中の酸素を測る装置がつながれている。ときおり酸素マスクも使われる。部屋の一角には四つの医療機器。この子は重度の脳性麻痺があり、生まれてからまだ一度も泣き声をあげていない。
医療法人で働く団体職員の夫(31)と大手企業のエンジニアの妻(30)の第3子、長男として生まれた。妊娠の経過は順調で正産期を迎えたが、38週に入り、胎動を感じられなくなった。かかりつけの産婦人科を受診すると、すぐに大学病院に搬送され、緊急帝王切開で出産した。
●一晩中たんの吸引
重症新生児仮死で生まれた長男は、手足の麻痺があるほか、うまく飲み込みができないため、鼻から十二指腸へチューブをつないでミルクを飲んでいる。生きていくためには、この「経管栄養」のほか、たんの吸引や定期的な体位変換、浣腸などの医療的ケアが欠かせない。
2カ月余り入院していたNICU(新生児集中治療室)で看護師が24時間3交代で行ってきたケアを、訪問看護に支えられながら夫婦2人で行う。妻は育休中だが、上の子2人の育児もあるため、夜中のケアは夫が担当することも。呼吸が落ち着かず、アラーム音が鳴り響く日は、一晩中たんの吸引に追われ、体位をこまめに変えて、気がつけば出勤時間。いつも寝不足だ。
「医療デバイスに囲まれ、まだ泣くこともできない赤ちゃん。それでも本当にかわいくて。一緒に暮らせて幸せです」(夫)
●共働き続けられない
ただ、不安に押しつぶされそうになることがある。24時間医療的ケアの必要な生活をいつまで続けていけるのか、この子の将来はどうなるのか、見通しが立たない。特に、今後のお金のことを考えると、頭が痛い。
これまで共働き前提で人生設計をしてきた。家のローンはあと30年近く残っているし、子どもたちの学費も心配だ。長男の介護や将来に向けて、まとまったお金を持っていたいという思いもある。妻の会社は最長3年間の育休を取れるが、医療的ケアが必要な長男を預けられる保育園は県内になく、復帰のめどは立たない。夫婦どちらかが仕事を辞めなければならないだろうと覚悟している。妻は言う。
「お金があればたいていの問題は解決できる。でも、医療的ケア児を抱えた家庭は、共働きを続けられる環境がないんです」
医療的ケアを必要とする子どもが増えている。背景には、新生児医療や周産期医療の進歩がある。従来なら命を落としてしまった子どもが助かるようになった。国連児童基金(ユニセフ)の「世界子供白書2015」によると、日本での5歳未満の死亡率は1千人あたり3人で、下から2番目の数字だ。世界トップレベルの医療により、障害で常時医療的ケアが必要な子どもも生きられる。その結果、自宅で人工呼吸器を使用している0~19歳の子どもの数は増加傾向にある。