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EU風呂に「足湯」で参加していた英国

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AERA#EU離脱
国民投票の5日後、ブリュッセルでのEU首脳会議に臨むキャメロン英首相。ドーバー海峡をこれほど長く感じたことはあるまい/6月28日(写真:gettyimages)

国民投票の5日後、ブリュッセルでのEU首脳会議に臨むキャメロン英首相。ドーバー海峡をこれほど長く感じたことはあるまい/6月28日(写真:gettyimages)

EU加盟28カ国の顔ぶれ

EU加盟28カ国の顔ぶれ

 離脱派の旗振り役は、風貌も言動も米大統領選候補のドナルド・トランプ氏に似る。

 EUの重鎮フランスの足元にも、反EUを唱える「マダム・トランプ」がいる。

 欧州連合(EU)を出るという英国の決断を知って、まず思い出したのはウィンストン・チャーチルのことである。

 源流は19世紀までさかのぼる欧州統合だが、戦後の歩みは1946年9月、チューリヒでの彼の演説から始まった。第2次大戦で英国を戦勝国にした名宰相は、前年の総選挙で敗れ、保守党リーダーの肩書だった。

 チャーチルはこの演説で、欧州で再び戦争を起こさないために、何度も戦火を交えたフランスとドイツが手を握るべし、と訴える。いずれ一つの国になるほどの覚悟で関係を深めよと説き、仏独を軸にした「ヨーロッパ合衆国」にも言及した。

 ソ連を意識した反共主義者の発言ともいえるが、仏独和解こそ平和と繁栄の要だと確信し、自らの言葉で世に問うたステーツマンシップはさすがだ。

 10代あとの保守党党首、デービッド・キャメロン(49)が、必要のない国民投票に国の針路を丸投げし、みじめな結果を招いたのとは好対照である。

●拒まれたEEC加盟

 チャーチル演説から11年後、EUの前身である欧州経済共同体(EEC)が発足する。創設メンバーはフランス、西ドイツ、イタリア+ベネルクス3国の計6カ国だった。

 英国は統合がもたらす経済面の恩恵に注目し、60年代に2度、EECに加盟を申請している。最初は保守党政権、次は労働党政権の時だが、いずれも拒否された。米国に対抗意識を燃やすドゴール仏大統領が「トロイの木馬」とみて拒んだのだ。加盟が実現するのはドゴール没後の73年、デンマークやアイルランドと同じ第2期生だった。

 では、EUにおける英国の存在とはどんなものか。

 EU28カ国にはおのずと序列がある。それは、(1)創設メンバーを頂点とする加盟歴、(2)欧州統合への貢献度、(3)人口やGDP、国際社会での発言力といったハードパワーの総合評価である。ユーロを導入している(19カ国)か、国境検査を省くシェンゲン協定に加わっている(22カ国)かなど、統合へのコミットメントも問われよう。

 EUで3位の人口を擁し、国連安保理の常任理事国にして核保有国である英国だが、欧州統合には常に半身の構えだった。経済的な動機からEUに加わっただけに、連邦国家につながるような政治統合には無関心どころか反対してきた。

 これはEUの閉鎖性や往時のフランス支配を物語る話でもあるのだが、欧州委員会の毎昼のブリーフィングは長らく仏語のみで行われてきた。英語の同時通訳が入るのは95年である。


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