北極で43年、犬ぞり猟師として生きてきた大島育雄さん(68)。「この春が最後の猟になるだろう」。そんな連絡が届いた。4月、朝日新聞記者がカメラを抱えて北極へ飛んだ。
4カ月ぶりに顔を見せた太陽が、水平線近くをゆっくり動く。純白の氷に覆われた海がきらめく。北緯約78度、「地球最北の村」のシオラパルク(グリーンランド)。犬ぞり猟で遠出するには一番いい季節だ。
荷物や人を載せ約300キロにもなるそりを引き、犬たちが勢いよく走り出した。大島さんは、ひょいと横から飛び乗った。
ガチガチの氷上ではねるそりにしがみつく。がくっとそりが止まったと思えば、クレバスが口を開けていた。「犬が落ちた!」。3頭が宙づりに。引き上げてホッとしたのもつかの間、そりが下りで暴走し横転した。
翌午前1時、大島さんはやっと犬たちを止めた。「氷床の上で吹雪に遭うと動けなくなる。ここまで来れば大丈夫」。出発から17時間がたっていた。
2日目、毛むくじゃらの黒いものが現れた。ジャコウウシだ。大島さんはそりを止め、氷に寝そべり銃の引き金を引く。大きな体がのけぞり倒れる。
「スノーモービルは壊れたらおしまい。犬ぞりは『燃料』も現地調達できるからいい」
驚異的な銃の腕を見せつけられたのは4日目だ。海氷で白い点が動く。双眼鏡をのぞいた大島さんは「シロクマだ!」と銃を手にした。距離は500メートル近い。望遠レンズで撮影を始めると、横でパンと銃声が1発。次の瞬間、巨体が崩れ落ちた。大島さんは「遠いから1メートル上を狙ったんだ」と照れ笑いした。
大島さんは1972年、シオラパルクへ来て、冒険家・植村直己さんと一緒に過ごした。日本人で初めて犬ぞりで北極点到達。その栄光より、自然とともに生きる生活に魅せられた。現地の女性と結婚、子ども5人を育てあげ、孫は13人になった。