死後強まるカリスマ性 伊藤計劃 病床で10日間で書き上げた作品 (2/2) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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死後強まるカリスマ性 伊藤計劃 病床で10日間で書き上げた作品

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 漫研には部誌があり、メンバーは漫画や小説を書いては投稿した。伊藤は作品の予告を載せることはあっても、本編はいっこうに発表しなかったという。

「何か書いたほうがいいんじゃないっスかって言っても、『いやあ、僕はいいっス』と、いつも言っていました」(篠房)

 創作物に対する一級の審美眼を持ちながら、自らが表現することにはためらいを隠せなかった伊藤。3歳下の妹、佐々木明子(38)はそんな兄の気持ちをよく理解できた。

「すごく慎重で完璧主義。あと、ビビりで、人の評価も気になっていたと思う」

 病魔が本格的に顔をのぞかせたのは、大学を卒業後、都内のウェブデザイン会社で働き始めてからだ。01年、大学時代から断続的にはあったという右足の太ももなどの痛みが、夜も寝られないほどになったのだ。

 和恵は息子を連れて医療機関を回ったが、坐骨神経痛と診断されるのが常だった。その異常に、盲目の鍼灸(しんきゅう)師だけが気づいてくれた。伊藤は、「ユーイング肉腫」という珍しいがんに侵されていた。神経ごと病巣を取り除くと、右足はただそこにぶら下がっているだけになった。

「このがんはめったに転移しない。しかし、転移したら対処するすべはない。医者からは、そんなふうに言われました」

 父親の進一(73)は振り返る。

 両肺への転移がわかったのは05年6月。手術から丸4年になろうとしていた。和恵は、息子の言葉を覚えている。

「両足がなくなっても書きたい。僕はこれから20年、30年書きたいことがいっぱいあるから、どうしても、何を失っても生きたいと、そう言っていました」

 10日間。これが、伊藤が『虐殺器官』の執筆に要した日数だった。転移発覚の翌月に肺の一部を切除し、約9カ月間抗がん剤治療を続け、寛解した06年5月に一気に書き上げた。

AERA 2015年10月26日号より抜粋


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