「ノンフィクション」を辞書で引いてみると、「虚構によらず事実に基づく伝記・記録文学などの散文作品、または、記録映画など」(「大辞林」第三版、三省堂)とある(撮影/写真部・大嶋千尋)
「ノンフィクション」を辞書で引いてみると、「虚構によらず事実に基づく伝記・記録文学などの散文作品、または、記録映画など」(「大辞林」第三版、三省堂)とある(撮影/写真部・大嶋千尋)

相次ぐ雑誌の休刊、著名作家の盗作疑惑──。「ノンフィクションの危機」が叫ばれている。地をはう取材や弱者の視点が守ってくれたものが確実に、ある。ノンフィク廃れヘイト本栄える、そんな出版業界にはしたくない。(ライター・中原一歩)

 東京都文京区音羽──。

 由緒ある寺社と閑静な住宅街が広がる一角に、「野間御殿」とも呼ばれる地上26階建ての高層タワーがそそり立つ。日本を代表する総合出版社・講談社の本社ビルだ。今年7月、このビルの最上階にある会議室で、ある雑誌の「休刊」を見届けるイベントが開催された。その雑誌とは「G2」。1970~80年代に最大36万部以上の発行部数を記録した「月刊現代」の後継誌だ。最後の編集人となった青木肇・講談社第一事業局企画部次長(46)はこう切り出した。

「反省はあるけど、後悔はありません」

●著名作家が金の無心

「G2」が休刊した。その事実は自分自身の食い扶持(ぶち)がまたひとつ絶たれたことを意味した。組織に属さず、取材から執筆まで一人でこなすノンフィクションライターは徒党を組むことを嫌う一匹狼が多い。しかし、風の便りで聞こえてくるのは、雑誌という仕事の現場が次々と消え、まっとうな生活ができないという悲痛な叫びだ。名誉ある賞を取りながら、40代で引退宣言を自身のブログで発表した作家もいる。若手ばかりではない。私は尊敬していた著名な作家に、取材費という名目の生活費を無心されたことがある。

 ノンフィクションの根幹である「事実を時間をかけて取材し、しっかりウラを取って発表する」にはコストがかかる。例えば、私は「G2」でおよそ1年かけて「大間マグロの正体」というルポを3回連載させてもらった。原稿用紙に換算しておよそ100枚。これで、軽自動車1台分の原稿料と、取材に必要な交通費、宿泊費などの最低限の経費を編集部に負担してもらっている。「G2」の一冊あたりの編集経費(原稿料、取材経費など)はおよそ700万円。仮に6千部が完売したとしても赤字だ。季刊誌だったので年間の赤字は数千万円程度だったが、「月刊現代」の時代は数億円。その上、政治権力や宗教団体などケンカを売る相手によっては訴訟というリスクも発生する。

●成熟した読者の存在

 ノンフィクションの全盛期は60年代から70年代だ。高度経済成長による消費の拡大、戦後民主主義に裏打ちされた様々な言論、安保闘争をはじめとする社会運動の経験。こういったいわゆる「戦後的空間」の中で胚胎され、育まれてきたといって間違いないだろう。

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