終戦から2年の1947年8月。全国の中学1年生に配られた『あたらしい憲法のはなし』(撮影/今村拓馬)
終戦から2年の1947年8月。全国の中学1年生に配られた『あたらしい憲法のはなし』(撮影/今村拓馬)

 終戦から2年がたった1947年の8月。全国の中学1年生に、1冊の教科書が配られた。『あたらしい憲法のはなし』がそれだ。新憲法の精神を平易な言葉で説くその本を、誰が、どんな思いで書いたのか。

「みなさん、あたらしい憲法ができました。」という一文で始まるこの教科書は、5月に施行された新憲法「日本国憲法」の普及のために配られたものだ。

 当時中学1年生だった小園優子(82)の手記に、こうある。「薄黄色の表紙には国会議事堂が描かれ、空に光が伸びている。この絵は戦時中の教科書しか知らなかった者には、かなり斬新さを感じさせた。(中略)奥付には(中略)カッコ付きで(この本は浅井清その他の人々の尽力でできました)と、ことわり書きが付いている」

 浅井清は1895年生まれの公法学者。慶應義塾大学法学部の教授だった。戦前にはドイツ留学も経験。留学先で傾倒したのが『純粋法学』を書いた世界的法学者ハンス・ケルゼンで、ピーター・ドラッカーは彼の義理の甥にあたる。

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