歌とダンスとド派手なアクション。そんなインド映画の主流とは一線を画しながら、スーパースターの名をほしいままにする男がいる。

 アーミル・カーン(49)。日本の映画ファンには、エリート大学生のほろ苦い青春群像を描いた「きっと、うまくいく」(日本公開は2013年)でおなじみだろう。最新主演作「チェイス!」のPRで来日し、単独インタビューに応じた。

 インドは年1千本規模の映画が作られるとも言われる世界有数の映画大国だ。たっぷりの歌とダンスとアクションと人情劇をむりやり詰め込み、ハッピーエンドで観客を「おなかいっぱい」にさせるスタイルが定番。

 しかし「きっと、うまくいく」や、製作も手がけて米アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされ、国際的な知名度を高めた「ラガーン」(01年、日本未公開)といった彼の代表作では歌やダンスはそれほど目立たず、ヒューマンストーリーを丹念に描く。もちろんアクション映画に出ることもあるが、「脚本が心の琴線に触れた作品にしか出演しない。僕の感性は、どちらかといえば『きっと……』のような作品のほうに向いている」と言い切る。

 それでも決して“傍流”ではない。「恋する……」の主演シャー・ルク・カーンらとともに、“3人のカーン”と呼ばれるトップスターの座に長年君臨する。母国では09年に公開された「きっと……」は当時の国内興行収入の記録を塗り替え、「インド映画を変えた」とも評された。19歳の大学生を違和感なく演じ切ったアーミルは当時44歳。役作りの完璧さからついた“ミスター・パーフェクト”という異名の面目躍如だった。

 そんなアーミルがインドで尊敬を集めるのは、銀幕での活躍だけが理由ではない。「真実は勝つ」というテレビ番組がある。企画段階から深く関わるアーミルがホストを務め、母国の社会問題をえぐるドキュメンタリーだ。12年から全土で断続的に放映されている。

 中国やブラジルと並ぶ新興国“BRICS”として、目覚ましい経済発展が注目されるインド。しかし、1日あたり1.25ドル未満で暮らす貧困層は4億人いるとも言われ、独特のカースト制度といった因習も根深い。

 排泄物を手作業で処理する仕事を代々担わされる“不可触民”、男児を望む父親の意向による女児堕胎の横行……。アーミルは番組で、同胞が目を背けたくなるようなテーマを次々に取り上げ、スタジオで涙を流しながら「これは現実なんだ」と訴える。米マイクロソフトの創業者で、貧困や感染症の撲滅に取り組む大富豪ビル・ゲイツが対談を希望するなど、その活動は世界的にも注目されている。

AERA 2014年12月15日号より抜粋