ディーゼル車が黒煙を噴きながら走る光景は、メーカーの努力と規制強化によって見られなくなったが、見えない「ナノ粒子」は野放しのままだ(撮影/村上宗一郎)
ディーゼル車が黒煙を噴きながら走る光景は、メーカーの努力と規制強化によって見られなくなったが、見えない「ナノ粒子」は野放しのままだ(撮影/村上宗一郎)

 工場や自動車に対する大気汚染の規制において、日本はおおむね世界の最先端の厳しさだ。いま問題なのは、中国から国境を越えて襲来する微小粒子状物質「PM2.5」ということになっている。しかし、もう一つの重大な国内の大気汚染物質から、目を背けるわけにはいかない。それは「ナノ粒子」である。

 ディーゼル自動車から不完全燃焼で排出される粒径10億分の1メートル水準の超微小粒子で、PM2.5の100分の1ほどと極めて小さい。東京理科大学の戦略的環境次世代健康科学研究基盤センターの研究チームは、このナノ粒子が呼吸器、循環器どころか、脳にまで達して異常を起こす可能性が高いことを動物実験で示し、学会や論文で発表した。

 動物実験の結果、ディーゼル排ガスに含まれる100ナノメートル(nm)以下の超微小粒子は、妊娠中の母マウスの胎盤を通り抜け、発達過程の胎児マウスの脳内に届き、大脳皮質の末梢血管に近い細胞から検出された。そして、その細胞が崩壊状態になっていることが認められた。つまり、世代を超えて脳を壊していることになり、研究チームの武田健教授は「人間でも生じる恐れがある」と指摘する。

 ディーゼル排ガスに含まれるナノ粒子の毒性については、国立環境研究所環境健康研究センター生体影響研究室のティンティンウィンシュイ主任研究員も、独自の動物実験によって追究している。理科大研究チームのように胎児マウスの脳内からナノ粒子を検出したわけではなく、母マウスの病変が原因の可能性もあるが、確かに胎児マウスに何らか異常が認められるという。

 こうした研究成果を自動車業界は、どうみているのか。日本自動車工業会の玉野昭夫・排出ガス・燃費部会長は、

「自動車から排出される粒子は、100nm以下と小さいものが多く、しかも小さい粒子のほうが健康に危険とされていることは確かですが、日本のメーカーは23nm以上の微粒子については九十数%除去できています」

 と、排ガス対策の先進性をアピールする。フィルターを高度化するなど、業界の自助努力で、ディーゼル自動車からのナノ粒子の排出がかなり抑えられたことは間違いない。しかし、それでも23nmより小さな超微小粒子については、お手上げだ。

AERA  2014年4月21日号より抜粋