クレハクレハアメリカ ヒューストン事務所阿部俊輔(32)2005年に入社して以来ずっと、PGAにかかわってきた。「困っていることがある」。最近はそんな相談を取引先からされるようになった(撮影/編集部・太田匡彦)
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クレハアメリカ ヒューストン事務所
阿部俊輔(32)

2005年に入社して以来ずっと、PGAにかかわってきた。「困っていることがある」。最近はそんな相談を取引先からされるようになった(撮影/編集部・太田匡彦)

 日本の技術力がシェールガス開発の現場で活用されている。新たな商機を見いだす化学メーカーもある。「革命」を支える日本企業の奮闘――。

「サンプルを出してくれ」

 2010年のある日、「ニュークレラップ」などで知られるクレハは、シェールガスの掘削技術を提供する「サービス会社」と通称される米企業からおもむろに、そんな連絡を受けた。

 ペットボトル用の新素材として開発していたポリグリコール酸樹脂(PGA)のサンプルが、ほしいのだという。用途はわからないが、そういう引き合いは珍しくはない。さほどの期待感もなくサンプルを提供した。だがこの時、米企業は手術用縫合糸にも使われるPGAが持つ、高強度と生分解性に着目していた。PGAを、地中深くに残存する可能性があるシェール掘削用機材の一部に使えないかと考えていたのだ。

 意図に気付いたクレハは、サービス会社各社に営業をかけるために阿部俊輔(32)を抜擢した。売り込むには技術面の知識が不可欠だが、阿部は入社以来PGAの研究と市場開発にかかわってきた。10年2月、福島県にあるPGAの研究部門に異動し、テキサス州やオクラホマ州の企業を訪ね歩く日々が始まった。

「何かに使えませんか?」

 サンプルを提示し、そう伝えても見向きもされない。シェール開発に関する技術論文を読み、学会で人脈を作り、次第にサービス会社に食い込んでいった。

「何度で何時間くらいで分解するのか?」「この温度で、どのくらいの強度があるのか?」

 訪問先企業の担当者の質問からニーズを把握し、帰国の度に自ら研究開発にあたった。求められる性能を探り、改良を重ね、データを提示する。その繰り返しだった。12年4月に米ニューヨークにある現地法人に異動。初受注はその年の秋だった。担当になってから2年がたっていた。

「最初は信じられなかった。何度か確認して正式な受注だとわかり、目頭が熱くなりました」

 今年4月、阿部はひとりでヒューストンに事務所を開設した。より効率的に業務を進めるためだ。レンタルオフィスには自分の机とイスしかない。

「0が1になるまでに2年。これからは1を100にしていかないといけない。そのために、僕はヒューストンに来ました」

 米国にはいま約30社のサービス会社があるといわれる。クレハはそのうち25社から評価試験を受けており、既に3、4社と実際の取引を始めている。

AERA 2013年10月21日号