藤圭子が引きずり続けた宇多田ヒカルの「一言」 (1/2) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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藤圭子が引きずり続けた宇多田ヒカルの「一言」

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AERA#お悔やみ

母娘の間にあったものは…

母娘の間にあったものは…

 母娘の“特別”な親子関係は、宇多田ヒカル(30)自身のメッセージによって明らかになった。8月26日、居住先のロンドンから駆け付けたヒカルは、ブログで母・藤圭子(享年62)の死と、彼女が抱えていた「心の病」について説明したのだ。

 元夫でヒカルの父、宇多田照實氏(65)も、同じブログ内でコメントを公表した。それによると、藤圭子の感情の起伏が激しくなったのは、ヒカルが5歳になったころだという。日常的にケンカが絶えず、夫婦はその後、何度も離婚と再婚を繰り返した。心のバランスを崩していく母を支えるために、長い年月、父娘ともに努力し続けてきた様子が、ありありと伝わってくる。

 1998年12月、ヒカルは15歳で鮮烈にデビューし、翌年3月に発売した初アルバム「FirstLove」の売り上げが歴代1位を記録するなど不動の人気を得た。母から受け継いだその才能から藤とヒカルは“一卵性親子”と称された。

「似ているのは才能だけではありません。藤圭子が17歳だった当時、母の猛烈な売り込みによって恩師である作詞家・石坂まさを氏のもとでデビューを果たしたのと同じように、ヒカルもデビュー前、藤圭子がラジオ番組などに出演しては、猛烈に売り込んでいた。そして成功後、藤圭子の両親が娘の生み出す莫大なカネを前に対立し、離婚してしまったのと同様に、ヒカルの家庭もバラバラになっていく。境遇も驚くほどそっくりなのです」(芸能記者)


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