動悸、発疹、頭痛、めまい、肩こり、イライラ、関節痛、頻尿、うつ状態、記憶力・集中力の低下、膨満感、ドライアイ…。

 更年期の女性に襲いかかる症状は、200種類以上と言われる。一般的に45~55歳までの期間、つまり、閉経前後の10年間が更年期だ(日本女性の平均閉経年齢は50~51歳)。東京女子医科大学附属成人医学センターの産婦人科医、東舘(ひがしだて)紀子さんによると、「更年期が近づくと、卵巣機能が低下し、女性ホルモンの分泌量が著しく減少する。なかでも、エストロゲンの急激な減少が、女性の心や体にさまざまな影響を与え、多様な身体的、精神的症状が現れる」という。

 女性ホルモン(とりわけエストロゲン)は、月経、妊娠、出産との関連で考えられがちだが、「女性特有の営みをコントロールするだけでなく、女性の全身の健康を守る上で大きな役割を果たしている」(東舘さん)

「骨の新陳代謝促進」「脂質代謝を改善」「自律神経のバランス維持」「血管に直接作用して動脈硬化を予防」「皮膚の潤い保持」「脳の活性化」などはその一例だ。

 そのため、エストロゲンが減少すると、女性の体は、長い間自分の体を守ってくれた強固な自然の防壁が取り除かれたような状態になる。また、この時期は、仕事、親の介護、子どもの自立、経済的問題などによって、ストレスを抱え込みがちだ。更年期の不安定な体の状態はストレスの影響も受けやすい。

 更年期障害の治療法は、ホルモン補充療法(HRT)が世界的に主流だ。一人に複数の症状が出ることがよくあるが、そうした症状を個別に治療していくのは、治療をする側・受ける側どちらにとっても大変で、時間もコストもかかる。HRTは、多くの症状に対応するので、閉経前後の女性の更年期症状の治療には有効性が高いと言われている。

 ところが、HRTの普及率を見ると、欧米諸国では40%を超えるが、日本はわずか1.5%。台湾、韓国よりも低い。その背景には、HRTが乳がんを引き起こすのではないかという不安があるのかもしれない。

 しかし、この10年ほどでHRTと乳がん罹患率に関する研究が進み、「5年以内では乳がんのリスクはない」が、世界の基本的認識となっている。日本女性医学学会と日本産科婦人科学会が刊行した『ホルモン補充療法ガイドライン』(2012年度版)でも、HRTは、5年以内では乳がんのリスクは上昇せず、また、黄体ホルモンを併用すれば、子宮体がんのリスクも上昇しない。黄体ホルモンが、エストロゲンによる子宮内膜増殖を防ぐからだ。

 ただ、HRTを5年以上続けた場合、乳がんのリスクはわずかに上がるため、定期的な乳がん検査を受ける必要がある。

 東舘さんは、HRTに不安を感じる人には、まず1カ月エストロゲンを試すことを勧めている。1カ月試せば、効果があるかどうかわかる。その時点で、継続するかどうかを決めればよい。エストロゲンは3カ月以内であれば、単独治療でも副作用の心配はないからだ。

 ただ、HRTはすべての人が受けられるわけではない。乳がん、子宮体がん、脳卒中、重度の症状のある肝疾患の経験者などは、持病を悪化させるリスクが高いためHRTは受けられない。また、ガイドラインでは、HRTの開始年齢は60歳以下となっている。60歳を過ぎると、すでに始まっている血管の老化などのためにさまざまなリスクが高まるからだ。

AERA 2013年7月1日号