『日本的「勤勉」のワナ──まじめに働いても なぜ報われないのか』
朝日新書より発売中

『日本的「勤勉」のワナ』を書くにあたって、何よりも注力したのは、わかりやすく書くということでした。書き上げるのに2年近く要したのもそのためです。

 時間をかけたのにはもう一つ理由があります。原稿を書き進める途中で、実は、私たちが企業変革の現場で日々接している多くの皆さんに、参考資料として読んでいただいたのです。何人かの方からは、率直な感想や意見をいただきました。わかりやすさに磨きをかけ続けられたのは、その効果もあると思います。

 わかりやすさにこだわった理由は明快です。できるだけ多くの人に、日本経済の高度成長を支えた日本人の勤勉さ──つまり、日本人の強みであった勤勉さ──の中にこそ日本の停滞を招く要因が隠されているのだ、という仮説を提示し、議論を呼び起こすことが必要だと思ったからです。

 30年あまり企業改革の現場に身を置いて来たからこそ見えてきた、日本の競争力を阻害している本当の原因は「枠内思考」という一種の思考停止にある、という問題提起です。

 この思考停止の正体は、「考えていない」ということではありません。組織の中を生き抜いていくために不可欠な“作法”などといったものを「枠」という制約として捉え、その枠内でどうやるかを「考えている」状況を思考停止と称しているのです。

 つまり、思考停止とは、ものごとの意味や目的、その価値に対して向き合う姿勢を、まったくと言ってもよいほど持っていない思考のことなのです。

 日本人の中の、社会を動かしている中心的な人たちが無自覚にはまり込んでいる、この「枠内思考」という一種の思考停止こそが日本の停滞の真因です。そういう意味でも、日本が転げ落ちつつある衰退の坂道から、抜け出すための処方箋の核となる部分が今回の本のメインテーマです。

 よく言われていることですが、日本人はすぐに「どうやるか」を考えてしまう傾向があります。私たちの思考には、「無自覚なまま前提を置き、それを枠とした制約条件の範囲でどうやるかを考える」という、歴史由来の習性があるようです。

 つまり、「ものごとの意味や目的、価値」などといった本質に迫る思考をする習慣がない、という意味での思考停止がそこにはある、ということなのです。

 とはいえ、その状況を引き起こしている「枠内思考」という思考姿勢は、決められた仕事をさばく、という場面においては極めて有効なやり方でもあります。

 実務で有効に機能している思考方法であるがゆえに、それが当たり前になり、「枠内思考」がすべてになってしまっていることや、結果として意味や目的、価値などを考える習慣をなくしてしまっていることに無自覚であることにこそ、問題が潜んでいるのです。

 日本人がみなそうだとは言いませんが、こうした「枠内思考」がすべてになっている人の割合が、日本の中枢を占める人たちの中に多いのが問題だと思われるのです。

 しかし、彼らは、言われたことはきちんとやろうという、従来の価値観で言えば頼りになる堅実な人たちです。ビジネスモデルがしっかりと機能しているときならば、正確なオペレーションを継続的にやるという意味では最適な人たちなのです。

 忘れてはならないのは、こういう「枠内思考」に慣れきっている人たちも、基本的にはまじめで勤勉な人たちであり、善良な人たちであるという事実です。悪意があるわけでもなく、自分だけが良ければいい、と思っている人たちでもありません。

 ですから、自分が無意識に「枠内思考という思考停止」に陥っているという自覚さえ持っていれば、ときと場合に応じて「枠内思考」の使い分けができるようになります。

 ということは、必要なときに、「ものごとの意味や目的、価値」をしっかりと考え抜くことができる思考力(軸思考)さえ身に付けていけば、この使い分けは十分可能だということです。そのために必要なのは、安易な「閉じる場」で漫然と答えを求めていくのではなく、面倒な「拓く場」で「決まった答えのない問い」と向き合う経験をたくさんすることです。結果として変化が起きていくことは事実が示しています。

 今回、可能な限りわかりやすい言葉で問題の本質を描こうとした理由は、「拓く場」を経験した人をたくさん増やし、「軸思考」が当たり前の日本にしていきたいと思うからです。

 この本で、みなさんの働く人生を豊かにするヒントがみつかれば、著者として望外の喜びです。