地獄という概念が我が国に伝来したとき、それは仏典に乗ってやってきた。やがてそれらはわかりやすく仏の教えを伝えるため、絵画に描かれるようになる。「地獄絵」や「十王図」、「地獄変相図屏風」などと呼ばれるものがそれで、平安時代には盛んに制作されるようになる。残酷な絵画はその凄まじいインパクトによって、文字の読めない層にも地獄のおそろしさを伝えていった。同時に物語や説話の中に入り込み、さまざまな伝説を生んでいく。中世に入ってから『平家物語』などの軍記物語に描かれた地獄の有り様は、琵琶法師ら芸能者の語りによって広がっていった。やがてそれは芝居になり、室町時代には能・狂言として上演されるようになる。江戸時代に入れば、それは歌舞伎や人形浄瑠璃に生まれ変わった。

 漫画はその延長にある新興メディアだ。あと数百年もすれば、立派な古典文学となって教科書に載るだろう。そして、その先もまた、地獄は媒体を変えてきっと蘇るはず。

 本書『ようこそ地獄、奇妙な地獄』はこのことをヒントに、筆者が専門とする絵本・絵巻の世界を交え、地獄を古典文学から読み解いていく一冊である。

 テーマは「たのしい地獄の歩き方」だ。まずは地下にあるという地獄の場所を探し、その後は三途の川に寄り道したり、閻魔庁で裁判を受けたり、「あの世」の旅をたのしめるようなガイドブックに仕上げたつもりだ。そしてこの旅を導いてくれるものこそ、古典文学。我が国の1000年におよぶ叡智の蓄積である。

 平安貴族が愛読した、極楽往生のガイドブック『往生要集』、そして『日本霊異記』や『今昔物語集』など、さまざまな説話文学に描かれた地獄を辿り、それが私たち日本人の死生観にどのような影響を与え、展開していくかを紐解く。『源氏物語』や『平家物語』など、傑作と呼ばれる作品ももちろん取り上げた。最後には、江戸時代に娯楽として消費されていく地獄にも言及した。絵本・絵巻から図版も多く引用したので、目で見て楽しむこともできるだろう。

 地獄のふしぎな世界観を味わいながら、古典文学の豊饒な海も楽しんでもらいたい。学校の授業で、古典文学に対して堅苦しく難しいイメージを抱いてしまった人にこそ、手に取ってもらえると嬉しい。実は古典文学には、奇想天外で風変わりな面白い話もたくさんあるのだ。

 就職活動に役に立つかと問われれば、首をひねらざるをえない。その代わりと言っては何だが、本書では地獄での就職活動について紹介している。古典文学を読む限り、優秀な冥官(冥界の役人)は常に募集中らしい。しかし、地獄もまた不景気で世知辛いのは同じようで――。

 残酷で凄惨で、世にもおそろしい地獄だが、知れば知るほど、ちょっとたのしそう。そんな地獄を本書で垣間見てもらえれば幸いである。