ビジョンをテーマに自身が本を書くにあたって、私の胸に、繰り返し去来したのは「なぜ、ビジョンの本を、書かねばならないのか」という問いでした。それは、つまるところ、「ビジョン」とは何かを本質的に理解している人はどれだけいるのだろうか、という問いにつながります。

 私は、20年近く広告代理店のクリエイターとして、そして独立後十数年はブランドのコンサルティングや広告キャンペーンを制作する会社の経営者として、誰もが知る大企業から中小の会社まで、いろいろなところとお付き合いさせていただきました。
 しかし、30年以上お付き合いしてきた、数多くの業種の無数の企業に、骨太の大きな戦略を描いているところがいかに少ないか。とても失礼な言い方なのですが、思いつきのような年間計画と、売上にしか興味のないような目標を掲げている会社の多さに、虚しさを覚えるのが常でした。まわりを巻き込むような魅力的な「ビジョン」を掲げている企業は、ほんとうに少ないのです。

 ビジョンの無い企業、ビジョンを感じさせない企業の典型はこのようです。たとえば……戦略にはあまり目を向けず、戦術の細かいディテールにこだわる。部署間のコミュニケーションが悪いのに、企画やアイデアの採用が常にネゴシエーションに左右される。上位者の意向を汲み取らないと施策が実行できない。会社の方針には疑問をさしはさまず、内部事情を汲み取っただけの最終施策になる。担当スタッフが責任を負うことを避けるため、誰がリーダーかを明確にしない。これは、ある意味で、とても日本的な状況とも言えます。

 中小はまだ良かったように思います。小舟は大きな波や嵐が来ると難破してしまうので、とにかく時代の流れを読み、自分の行先を明確にする必要があるからです。小さい分だけ小回りが利きますし、行先を変えることも瞬時にできます。その船が巨大なタンカーのような船だったとすると行先を変えるには航路を選び、数キロ先から舵を切らないとわずかな進路変更もできません。多少の嵐や波にはびくともしませんが進路の選び方で座礁する危険性が高いのは、この大きな船の方なのです。そして、乗員が多ければ多いほど、その意志をまとめ、どこに向かうのかを決めるのは難事となっていきます。

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